絶え間なく続く新陳代謝のなか、濃密に抽出された完全自主制作の2枚組全30曲――7年ぶりのアルバムは堂々のセルフ・タイトル。一発一発に込められた熱さはどうだ?

いずれ消えていく人間として

 北の大地に根を張り、群雄割拠の日本語ラップ界で孤軍奮闘。荒波を乗り越えて、2017年に結成20周年を迎えたTHA BLUE HERB。同年の彼らはそれまでの足跡を辿るミックスCD『THA GREAT ADVENTURE』と記念作品『愛別EP』を発表し、10月には初めての日比谷野外大音楽堂ワンマン・ライヴを台風直撃の豪雨の中で完遂、金字塔を打ち立てた。

 「20周年は大きな節目だった」――そう語るMCのILL-BOSSTINOは、トラックメイカーのO.N.Oと共に新たな地平へと前進。前作『TOTAL』から7年ぶりとなる、彼ら初の2枚組アルバム、その名も『THA BLUE HERB』を作り上げた。

THA BLUE HERB THA BLUE HERB THA BLUE HERB RECORDINGS(2019)

 「野音もそうだけど、やってこなかったことをやってみようというのがいつも行動の大前提にあって。活動を始めた当初からいつかは挑戦してみたいと思っていた2枚組をやってみようと。俺とO.N.Oで20年間曲を作り続けてきて、〈いいアルバムを作ろう〉というスローガンはいまさら話し合わなくても共有できてる。だったら、もう一段上をがんばってみようよって。そう決めたのが2017年の暮れでした」。

 海外のヒップホップには、多くの2枚組アルバムが存在する。特に隆盛を極めた90年代には、2パック『All Eyez On Me』、ノトーリアスBIG『Life After Death』、ウータン・クラン『Wu-Tang Forever』などの語り継がれる名作が生まれた。

 「そのあたりは俺にとってもゴールデン・エラ。言葉の量も多いし、アイデアも多いし、何もかもが圧倒的に詰まっていて。彼らは20代であんな2枚組を作っちゃうところがすごいんだけど、俺はいま47歳で心技体バッチリ揃ってるから、ここでやらなきゃっていう感じだった」。

 アルバム制作の開始は2018年が明けてから。まずは各自でひたすらリリックとビートを作り、半年が過ぎた頃、お互いの手の内を見せ合うという、いつもの制作スタイルが採られた。

 「ただ、2枚組だから一つのテーマに対して掘り下げることがたくさんできるっていう意味では、いつもとちょっと違った。例えば今回は“UP THAT HILL(MAMA'S RUN)”という女性の曲があって、対になる男性の曲“HEARTBREAK TRAIN(PAPA'S BUMP)”もある。いつもと同じ1枚のアルバムなら、その2曲分のアイデアで1曲になる感じだから。“THERE'S NO PLACE LIKE JAPAN TODAY”からの“REQUIEM”と“GETAWAY”も、1枚組だったらこれで1曲だけど、2枚組になるとそれぞれの話にフォーカスを当てて1曲ずつ作れる。そういう意味では挑戦したいテーマについてとことん書けた」。

 全体のコンセプトは設けず、ランダムに一曲一曲、丹精込めて黙々と制作。結果1年がかりで生まれた今回の2枚組は、客演なし、全30トラックを収録する大作となった。

 「2枚組を完成させることができたらセルフ・タイトルだなと思っていて。野音の段階で20年間を完全に総括してるんで、次はまた新しく1から始めたいって思ってたし、ここからキャリア中盤のスタートだと思っているんで。やっぱり俺たちの曲は思い付きの16小節じゃないんだよね。考えて、考えて、考え抜いて作ったヴァースで構成される曲。それらをしっかり順序立てて、俺らがどういう人間かっていうことをちゃんと言い尽くせる作品が2枚組で残せた。いまの時代にCD2枚組を出すのが時代遅れってことはもちろんわかっているけど、俺らが枝としてその果てに生きてる長い音楽史を振り返ると、古くはビートルズの〈ホワイト・アルバム〉もそうだし、ビギーのセカンドもそうだし、ちゃんと歴史に刻まれた圧倒的な作品がある。そういう作品とそれを残した人たちに対する憧れがまだ自分の中にあって、いまもそこに忠実でいたいんです。いずれ消えていく人間として、形のあるものを残しておきたいっていうだけなんです」。

 

やりたいことをやっていく決意

 シネマティックなイントロで幕を開け、続く“EASTER”で久々の再会に祝杯を挙げた後は、日常や社会、さらにはラッパーという自身の職業に対して率直な思いを独白していく。Disc-1を締める“THE BEST IS YET TO COME”では〈アラフィフB-BOY〉としての矜持を綴り、燃え尽きぬ向上心も激白。〈俺を乗り越えて行くのは俺だけ〉〈お前を乗り越えられるのはお前だけ〉と鼓舞しつつ、最後は重く静かな口調で〈いつでも出来る いつかやろう それ俺にもあったけど 今やらないと きっとやらないよ〉と経験則をメッセージする。

 「20年前に初めてエントリーしたときのガムシャラ感とは全然違うよね。正直47歳にもなると、現実的にできないことがあるのも、できてたことがやがてできなくなり得るのもわかってくるし、その中でできることをやっていくしかない。R-指定みたいなフリースタイルができるか?と言ったら、生半可な気持ちでできるもんじゃないことも重々わかってる、そしてそれよりも自分のやりたいことは別にちゃんとある。それをやっていくんだっていう。そういう決意を表した曲なんだよね」。

 別の視点から注目すべきは、Disc-2収録の“SMALL TOWN, BIG HEART”。自分たちの支えになっているリスナーや地方都市の仲間に向けた曲だ。

 「毎週末のようにライヴをやってる俺たちにとって、大都市で派手にやるライヴはそのうちの本当に一部。普段は小さい街に行って小さいハコで、地元に住んでる人たちと時間を過ごしてきた。それって俺たちにとってすごく大事なことなんだよね。音楽をやるモチベーションとしてとても大きいし、そういうことを繰り返して生き残ってきたっていう自負も強い。だから、そういう人たちに向けた歌をいつか作りたいと思っていたんです」。

 一方、ヴェテランから中堅、次世代の筆頭株まで同業者のネームドロップが多いのも本作の特徴となるが、さらに“TRAINING DAYS”では、かつてビーフを囁かれたラッパーの印象的なライムをサンプリング。両グループがかつて牽制し合っていた関係性を知る長年のヒップホップ・ファンにとっては嬉しい驚きとなるだろう。

 「そこ、最高でしょ? 彼のそのラインは俺のことを上げて言ってくれてるんだと勝手に思ってたし、札幌の俺の周りの皆もそう言ってた。でも当時の俺の受け止め方が下手で、引っ込みが付かないような状況もあったんで、なかなか上手くいかなかったんだけど、この2、3年で初めて彼ともちゃんと話せて。そのグループのDJとは現場で何回も会うし、もうひとりのMCとは昔から時々話す機会があったから、最近少しずつ距離が近づいてたんだ。昔は同世代のプレイヤーがたくさんいたからこそ、自分の好きなスタイル/自分がやらないスタイル、それぞれでグループ分けできちゃうほどだった。でもいまは皆いなくなって、結局それぞれのスタイルのトップしか生き残ってない。そうなってくるとスタイルの違いとかはどうでもいいんだよね。〈やってる、続けてる〉っていう大きな括りになってきて、そうなると相手に持つのは親愛しかないよ」。

 

いま夢中になってること

 20年間で変わったものと変わらないもの。栄枯盛衰は世の習い。“LOSER AND STILL CHAMPION”で彼は〈今は今のチャンピオンがいる〉と歌う。その言葉の背景にある思いが本作の根底に横たわっていると思う。

 「若い時は〈アイツは何もわかってねえ〉みたいに年上の人に言われることがたくさんあって、それに対する反発心がモチベーションになってたんだけど、いざ自分がその年代になって若い子が上がってきてるのを見たときにどう思うのか?って自分でも興味深かったんです。でも、そこで純粋に彼らの音楽を楽しめてる自分がいる。今回のアルバムを制作していた時も、毎朝起きると必ずYouTubeを開いて若い奴らのMVを2、3本観て、少し悔しくなってから作業に取りかかる、みたいなことをやってたくらい。いまは全体の数が増えたから、いいラッパー、いい曲がすごく多いし、インスピレーションや制作意欲を刺激されることもたくさんある」。

 彼らがいることで自分もフレッシュさを保っているというILL-BOSSTINOだが、続けて語ったその心構えが、今後のTHA BLUE HERBを突き動かす原動力になっていくと思えてならない。

 「でも同時にね、彼らより10年、20年長く生きてるぶん、知ってることもたくさんあって。それをどう彼らの前でスピットしていくかが、いまのテーマなんです。〈お前ら何もわかってねえ〉って切り捨ててしまうのはとても簡単なんですよ。同時にとてもナンセンス。それを言っちゃおしまいっていうね。それを言わずに、彼らのことを認めつつ、彼らにどう認めてもらうか。そこをどう格好良く成立させるかっていうのが47歳の俺がやるべきヒップホップだと思うし、俺の中でいま夢中になってることなんですよね」。