Photo by Alex Lake

レディオヘッドのフロントマン、トム・ヨークが、6月20日にソロ・アルバム『ANIMA』を突如デジタル配信でリリースした(国内盤CDは7月17日に、その他フィジカルは19日に発売)。ソロ最高傑作との呼び声も高い本作は、すでに話題を呼んでいる。〈フジロック〉への出演を控えるトムの新作に、Mikikiは〈言葉〉と〈音〉という2つの視点から迫ろう。歌詞などから『ANIMA』の世界観を探った〈歌詞編〉に続く本稿では、ライターの八木皓平がサウンドやビートを分析した。 *Mikiki編集部

THOM YORKE ANIMA XL/BEAT(2019)

ソロ・キャリアでもっとも完成されたエレクトロニック・ミュージック作品

トム・ヨークがソロ・プロジェクトでどのようなサウンドを追求しているのかが、『ANIMA』でようやく明らかになってきた気がする。

彼のキャリアで、もっとも完成度の高いエレクトロニック・ミュージック作品として『ANIMA』を語るならば、過去のソロ作品『The Eraser』(2006年)~『Tomorrow's Modern Boxes』(2014年)を踏まえながら、レディオヘッドがそれまでのバンド・サウンド主体のスタイルからエレクトロニック・ミュージックに舵を切った『Kid A』(2000年)や『Amnesiac』(2001年)、ダブステップとの関連性が指摘された『The King Of Limbs』(2011年)に改めて着目することには意味がある。

また、ライヴが『ANIMA』の制作に影響を与えたというトム・ヨークの発言と、クラブ・ミュージックとしても機能しうる本作にフォーカスを当てるならば、バンド・サウンドとエレクトロニクスの融合を、肉体性を強調したリズム・ミュージックとして提示したアトムス・フォー・ピース『AMOK』(2013年)に着目するのがいいかもしれない。ただ、ぼくが『ANIMA』を聴いて感じたのは上記の2点と重なりつつ、少しズレる。

トム・ヨーク、フリー、ジョーイ・ワロンカー、マウロ・レフォスコ、ナイジェル・ゴドリッチからなるアトムス・フォー・ピースの2013年のライヴ映像。演奏しているのはトムとゴドリッチの2人

 

トム・ヨークはUKブレイクビーツ文化をアップデートする

ぼくは、トム・ヨークはソロ・プロジェクトで、イギリスで華開いたブレイクビーツ文化を彼なりにアップデートしたいのではないだろうかと考えている。このことは結果として、ブレイクビーツをサウンドの中心にしたシンガー・ソングライター像の再構築を意味していることにもなる。

ここで指すサウンドというのは具体的に言えば、アブストラクト・ヒップホップ~トリップ・ホップ、ジャングル~ドラムンベース、ダブステップ~グライムのこと。もちろんこれは、トム・ヨークが意識的にそういったコンセプトを立てていたという話ではなく、あくまで彼の潜在的な欲望がサウンドに表れているということだ。

ジェイムズ・ブレイクの登場以降、UKにおいてエレクトロニック・ミュージックを持ち味とする先端的なSSWが構築する音楽は、ポスト・ダブステップやそこから派生したサウンドが中心というイメージをもつ人もいるかもしれない。しかし、本作『ANIMA』もそういったサウンドを踏まえてはいるものの、基本的な構造は、ある意味ではレイドバックした性質を持っている。そして本作は同時に、トム・ヨークがある時期までブレイクビーツ文化から影響を受け続けてきたことの、彼なりの総決算でもある。

短編映画「ANIMA」トレイラー。監督はポール・トーマス・アンダーソンで、トム・ヨークの新作とコラボレートした作品となっている

 

『ANIMA』のサウンドに宿る歴史性と現代性

『ANIMA』は、トム・ヨークがナイジェル・ゴドリッチとともにさまざまな音源サンプルをコラージュしながらサウンドを組み上げていった作品だ。その制作過程についてトム・ヨークは「かつてのミュジーク・コンクレートやそういったアンチ・ミュージックに没頭している自分がいてね」という発言をしていたが、これは彼の現代音楽趣味の話ではなく、ブレイクビーツを主体として作り上げられるサンプリング・ミュージックにおける作曲の話としてぼくは受けとめた。

だから、本作の実験性を担うアンビエントのパートも、それこそ現代的な音色とサウンド・デザインにブラッシュアップされてはいるものの、イギリスにおけるエクスペリメンタルなブレイクビーツを彩った、時にスモーキーで、時に暗闇に深く沈みこむようなアンビエント・サウンドが後景にあるように思える。そのサウンドからは、ポーティスヘッドやエイフェックス・ツイン、ブリアルといったイギリスを代表するブレイクビーツの作り手たちや、モ・ワックス~ハイパーダブといったレーベルの作品が透けて見える。

『ANIMA』収録曲“Not The News”

“Traffic”のビートの音色やリズム感はダブステップ~グライム以降のものだろう。また、“Twist”に代表されるヴォイス/ヴォーカルのエディットや、“Not The News”をはじめアルバムの随所で現れるロンドン・コンテンポラリー・オーケストラ作品のようなオーケストラ・サウンドは、ブレイクビーツのウワモノとしてたびたび用いられてきたものに近い。

こういったテクニックがさまざまなパターンのブレイクビーツと結びつけられた傑作は数多く存在するが、個人的にはルーク・ヴァイバート『Big Soup』(97年)の雑食性に『ANIMA』と近いものを感じる。

ルーク・ヴァイバートの97年作『Big Soup』収録曲“No Turn Unstoned”

レディオヘッドを彷彿とさせる後半のアルペジオがユニークな“I Am A Very Rude Person”や、ドラムンベース的なリズムが楽曲を支える“Impossible Knots”における特徴的なベースラインは、レゲエ~ダブの影響下にあるイギリスのベース・ミュージックに頻繁に現れるものだ。

こういったイギリスのブレイクビーツ文化の歴史に連なるようなサウンドのなかに、"Last I Heard (...He Was Circling The Drain)"や"Dawn Chorus"で顕著な、ポスト・ダブステップ以降のサウンドと遜色ないアンビエント~ドローンの要素がアルバム全体に散りばめられている。それらが、『Tomorrow's Modern Boxes』よりも遥かにブラッシュアップされたサウンド・デザインやプロダクション、音色などと共に、『ANIMA』の現代性を支えている。

『ANIMA』収録曲“Dawn Chorus”

 

UK固有のビートに向き合うシンガー・ソングライター

そもそも、レディオヘッドの『Kid A』~『Amnesiac』があのような作品になったのは、オウテカをはじめとしたIDMはもちろん、イギリスで培われていたエクスペリメンタルなヒップホップ~ビート・ミュージックからの影響が大きかった。熱心な音楽リスナーとしても知られるトム・ヨークがそういった音楽からどれほど影響を受けてきたのかは想像に難くない。

それらの音楽は、快楽性と実験性の両方を兼ね備えた、優れたフォーマットとして彼の身体に深く刻み込まれているのだろう。そしてそこに、常に最新の音楽に耳を傾け続けてきたことで培われたヴォキャブラリーが導入され、アップデートが可能になった。

だから本作は、自身の土着性に向き合いながらも研鑽を怠らないひとりの優秀なSSWの作品として聴くといいのではないだろうか。

 


LIVE INFORMATION
FUJI ROCK FESTIVAL '19
THOM YORKE TOMORROW’S MODERN BOXES

2019年7月29日(金)新潟・湯沢町 苗場スキー場 WHITE STAGE
出演時間:22:00~23:30
メンバー:トム・ヨーク/ナイジェル・ゴドリッチ/タリク・バリ
https://www.fujirockfestival.com/