INTERVIEW

Naz『JUQCY』 冨田ラボがA&R担当と語る、特別なシンガーの条件

(左から)冨田ラボ(冨田恵一)、SENT A&Rの柴田亮
 

シンガー、Nazはふいに現れた。正式な音源リリースがないにも関わらず、Nabowaの2017年の楽曲“My Heatbeat(Belongs To You)”に客演。けだるいグルーヴのラップと歌声でリスナーに衝撃を与えた。さらに、昨年は冨田ラボの最新アルバム『M-P-C “Mentality, Physicality, Computer”』収録曲“OCEAN”でフィーチャーされるなど、琉球のシンデレラへの関心は高まるばかりだ。

彼女の歌声が発見されることとなった最初のきっかけは、2013年に開催された英国発のオーディション番組「X Factor Okinawa Japan」だった(この時の映像はYouTubeで確認できる)。〈山田なづ〉として出場した当時13歳のNazは、クリスティーナ・アギレラ“Something Got A Hold On Me”やアデル“Set Fire To The Rain”などを披露し、審査員と観客に絶大なインパクトを残したのだった。そして、今年19歳となった彼女はその類い稀な声にさらに磨きをかけ、世界の舞台へ漕ぎ出そうとしている。初の正式音源となるEP『JUQCY』が、去る7月にリリースされた。

本作をプロデュースしたのは、冨田ラボ(冨田恵一)とWONKのキーボーディスト、江﨑文武。冨田は〈彼女の声は魅力に溢れ、また(本当に!)唯一無比〉と、江崎は〈日本にとどまらず、世界を股にかけて活躍するシンガーになる〉と、それぞれに熱烈な賛辞を送っており、その言葉の通り、収録されたカラーの異なる5曲を聴けば、ほとばしる魅力を感じられるはずだ。

今回は、7月24日に2006年作『Shiplaunching』のニュー・ミックス&リマスタリング盤(詳細は記事末尾へ)も発表したばかりの冨田氏と、『JUQCY』のA&Rを担当した柴田亮氏にインタヴュー。ここ最近で気になった女性シンガーについても伺いながら、彼らが魅了されてやまないNazの声が特別な理由に迫った。

 

音像のセンターで、核となる表現を的確にできるシンガー

――Nazさんのお話を伺う前に……ここ最近で気になっているシンガーではどんな方がいますか?

冨田恵一「〈一緒にやってみたいな〉っていう人はどんどん増えてますね。冨田ラボの次作のネタバレになるといけないので、具体的なお名前は避けますけど(笑)。僕の嗜好に合うということで言えば、ブラック・ミュージックに寄ったスタイルのシンガーが増えたことがありますが、それだけでなく、最近のシンガーの多様性にはとても興味を持っています。それぞれのスタイルに相応しい表現力がアップしているのと、基礎的なスキルを身につけているところが頼もしいですね」

――具体的な例を挙げると?

冨田「海外のものになっちゃうけど、ソランジュの『When I Get Home』はスペシャルでしたね。あとはジャミラ・ウッズの『Legacy! Legacy!』もよかった。それにビリー・アイリッシュ(『When We All Fall Asleep, Where Do We Go?』)。どれも楽音以上に音響面での工夫で声を活かしてるのがよかったな。昨年作だけど、ティエラ・ワック『Whack World』も印象的でした。ここ数年はサブスクで聴くことが多くて、その中で印象に残ったシンガーだとこんな感じです」

ソランジュの2019年作『When I Get Home』収録曲“Almeda”
 

――挙げられたアーティストは音楽自体がエクスぺリメンタルなものですよね。シンガーとしての魅力と、総合的な作品の共同は表裏一体ということですか?

冨田「たしかに作品としてクオリティーの高いものばかり挙げちゃいましたけど、そのクオリティーはシンガーの魅力あってこそだということですよ。トラックが刺激的だったりエクスぺリメンタルなものはそれこそ山のようにありますが、それらといま挙げた作品を分けているのがシンガーのクオリティー。シンガーが音像のセンターで核となる表現を的確にできているから雰囲気モノにならない。そして、詞曲やトラックへの彼女たちの関与の割合に関係なく、音楽そのものが〈彼女たちの作品〉と認識されるのも、シンガーとしての魅力が突出しているからじゃないかな。

そういった歌が表現の中心にあったから、サウンドが冒険的であったり、音楽自体がエクスペリメンタルであっても多くのリスナーの印象に残ったんだと思うんです。言い方を替えれば、ポップスとして成立したということ。〈歌がいいから弾き語りで十分〉ということでもないんです。もちろんそういう場面もあっていいのですが、存在感のある声が真ん中にあって、かつ音楽的な、ソニックな成り立ちに工夫がある音楽だったから、作品として印象に残ったんですね」

――では、現代のシンガーはプロダクションのことも念頭に置きながら歌う必要がある?

冨田「いや、シンガーは自分の歌、というか歌で表現できることを第一に考えるべきじゃないかな。ソランジュにせよ、優秀なミュージシャンやトラックメイカー、エンジニアとの共同作業になるわけで、相互にインスパイアされるためにはそれぞれの分野で最大限の力を発揮するのがいい。

もちろんシンガーにもいろいろなタイプがいて、作詞作曲からトラックメイク、ミックスまで、興味があるものはどんどん追求するのが良いけど、それが必須ということはまったくない。音楽全体の中で、自分が歌で表現したことはどう聴こえているのか、どういう効果を与えたのか、みたいなことを考えながら、自分のスキルや表現の向上に尽力するのがいいんじゃないかな。音楽自体としても、そうした歌が真ん中にあるものが結局は強いからね」

――先ほど、コラボレーションしたいと思う魅力的なアーティストが増えているとおっしゃいましたが、その背景には何があると思いますか?

冨田「〈上手い人が増えたね〉という話は周りとよくします。シンガーに限らず、楽器奏者全般にも当てはまる話ですが。そこで出る結論は、いまはYouTubeなどで模範としたい歌唱/演奏を映像で繰り返し観ることができるということ。やはりこれは大きいですよ。以前に比べれば他にも触れられる情報は格段と増えているし、勘違いや思い込みをせずに正しく繰り返し学べる環境ができている。もちろん、努力や探究心、その先に個性や工夫が必要であることは変わりないんだけど、底上げという意味ではYouTube以前とは隔世の感がありますね。僕がいま中学生だったら、いまの数十倍のことを身につけていたと思います(笑)。

あとは生まれた時からヒップホップがあったかどうか、という差は本当に大きいと感じますね。ヒップホップの影響下にある音楽をやる場合、ヒップホップ以降と考えられる音楽的マナーがありますが、ヒップホップ経験値の大小に関わらず、若い世代はその理解度が高い。例えば音大でクラシックを中心に学んでいてヒップホップ経験がほとんどない人でも、その本質をすぐ理解したりするんですよ。それは実感としてありますね」

日本人にはあまりいないタイプ

――それでは、Nazさんについて伺わせてください。まず、Nazさんをフィーチャーされた『M-P-C “Mentality, Physicality, Computer”』収録の“OCEAN”は英語詞でしたが、そこは拘ったポイントなのでしょうか?

冨田「英語詞にするか日本語詞にするかは、最初に悩んだところなんです。最初に彼女を知ったのは〈Xファクター〉の映像だったんですが、その13歳当時から彼女の歌にはいまに通じる個性があったんですよ。日本語も悪くはなかったけど、あの声で英語を歌うのが印象に残ってて。いざ“OCEAN”を歌ってもらうときも〈この曲で彼女の歌を最大限に活かすためには英語詞が必須だろうか〉とかなり悩みましたね。邦楽メジャー作品という枠組みは考えるから。でも、キー設定のために彼女にスタジオに来てもらって〈ラララ〉で歌ってもらって、また少し悩んでから、〈英語でいこう〉と。やっぱり彼女が英語で歌ったときの表現に魅力があると思ったんですよ。彼女が普段から英語の歌ばかり歌ってるということは後から知りました」

冨田ラボの2018年作『M-P-C “Mentality, Physicality, Computer”』収録曲、Nazをフィーチャーした“OCEAN”
 

柴田亮「生まれたのが沖縄のコザ市で、米軍基地も近い場所なんです。で、父親がポリス、母親がデヴィッド・ボウイなどUKロック・シーンが特に好きらしくて。映画も吹き替えされていないものばかり流れていたとか。そういう環境で育ったのも重要だったと思います」

冨田「言語を全部理解しているかは別にしても、英語での表現が先に完成されていたんだと思う。日本では〈英語詞は言葉を理解してもらいにくい〉という意味で不利という側面はあるけど、それを補って余りある魅力があるから英語にしようと決めました」

――柴田さんにとって、一緒に作品を作りたいと思わせたNazさんの魅力はなんだったのでしょう?

柴田「CDが売れない時代で国内パイを取り合っても、日本市場だけではもうやっていけない状況ですよね。韓国や中国、タイ、インドネシアではアメリカでツアーできるようなアーティストがどんどん出てきてて。日本でもアジアなど海外ツアーをする人は増えてきていますが、最初からそれを目指している人はまだ多くありません。日本独自のシーンで培養されたアーティストがヨーロッパやアメリカへツアーする。世界の動向を見ながら、それができるアーティストを探そうとは常日頃から思っていたんです。

そんな中でNazさんを知り、〈いいシンガーがいる〉ということで聴いてみたんですが、これは〈アーティスト〉になれると感じて。すぐに冨田さんに聴いてもらえるよう連絡しましたね。きっと気に入ってもらえると思ったし、プロデュースしてもらうんだったら冨田さんだと思ったんです。そうしたらすぐに〈いいじゃない〉という話になったので、契約のためにすぐ沖縄に飛びました(笑)」

『JUQCY』 収録曲“White Lie”
 

――冨田さんはNazさんの声を〈唯一無比〉とコメントしていますが、その真意をもう少し詳しく教えていただけますか?

冨田「歌い方もなんですけど、やっぱり声だよね。〈ハスキーで太い声〉みたいに形容されがちなんだけど、決して声が低いわけではない。高いところも、ファルセットもちゃんと出る。あとはヴィブラートが少ないというのもこのスタイルでは珍しい。日本人にはあまりいないタイプじゃないかな。

もうひとつ、抽象的な言い方になっちゃうけど、何があっても音楽の真ん中からズレない声の強さを感じるんですよね。これは歌モノの場合とにかく重要で、習って身につける類のものでもない。彼女はそれを身につけているので、率直にすごいと思いましたね。声を聴いただけで、すごくインスパイアされましたから。〈この声でこれを歌ったら、すごくいいだろうな〉というイメージが浮かぶんです」

柴田「日本女性シンガーってわりとハイトーンに強い人が多かったりしますが、彼女は地声含め太いところも出るし、大人っぽい声も、幼いような声も出せるんです。ちゃんとした人と仕事をすれば、きっといいアーティストになるんじゃないかなと」

――独特な節回しもありますけど、いわゆる沖縄っぽい感じのものではないですよね。

柴田「そうですね。島唄っぽい感じとはまた別の雰囲気なんですよ」

冨田「たしかに、そこは大きかったね。沖縄の人って聞いた時に〈もしかしたら島唄系の人なのかな〉と思ったけど、ぜんぜん違った。あと13歳の時の声を最初に聴いていたから〈変わってたらどうしよう〉って思ったけど、そんなに変わってなかったね」

いろいろ試したくなってしまうポテンシャルの高さ

――『JUQCY』の中でも、ビートっぽい"Clear Skies"とフォーキーな"Rain Wash"といった質感の違う曲が収録されています。

冨田「『JUQCY』にはプロデューサーが複数参加することがわかっていたので、担当する2曲の統一感よりも、彼女のショウケース的な見せ方を考えていました。"Clear Skies"は"OCEAN”からの連続性を意識しましたね。"OCEAN”がバラードだから違ったムードの曲をやろうというのが発端です。彼女はポテンシャルが高いので、いろいろなタイプの曲に対するアプローチを試したかった。吸収も早いし、真摯に練習に取り組む姿勢も知っていたので、現時点で簡単にイメージできる曲だけやるのはもったいないと思ったんです。それでビートっぽい曲をやろうと。もう一曲の”Rain Wash"は彼女が初めて作った曲なんですよ」

柴田「中学校2年生くらいでギターを弾きながら作った曲だと言っていましたね」

冨田「僕が聴いたのはギターと歌だけのデモ。それでバカな言い方だけど……〈あ、洋楽だ〉って思ったんです。雰囲気で作ったら洋楽っぽいものが出来た、という感じ。そのムードはキャリアを積んでしまうと意識的にはなかなか作り出しづらいものなので、なるべくその雰囲気を活かそうと思いました。コードを変えたりデコラティヴにするよりも、初々しさを大事にしましたね」

――洋楽っぽさということで言うと、世界にリリースするために英語は共通言語として必要なものでもあるのでしょうか?

柴田「日本語も入れたほうがいいとは思うんですけど、やっぱりそれだと伝わらない部分はあるでしょうね。英語だとプレイリストにも入れてもらいやすいですし、そういった方向でやっていくのは今後必要かと思います。そもそも本人がそういう思考なので、これからロンドン留学にも行く予定なんです」

――アメリカではなくロンドンなんですね。

柴田「僕も最初は、沖縄の天気イメージとあの歌声でブラック、ソウル好きの活発な高校生なんだろうと思っていました。でも会って話すと、〈沖縄の天気とか暑いのとか嫌いです〉とか〈家にいるのがいい〉、〈台風とか荒れてる天気が好きです〉と意外にインドアで」

冨田「嗜好がUKだし、なおかつロックも好きなんだよね」

柴田「そこは両親の影響もありますよね。UKのオルタナとかインディーズ系……ビョークやマッシヴ・アタックとか、女性ヴォーカルものというよりもそういう音楽を自分で掘ってたタイプみたいですね」

――沖縄の音楽の盛り上がりは独特ですよね。

柴田「沖縄でNazさんと契約の話をしたその日の夜に、現地で〈うたの日〉というイヴェントがあったんです。終戦の日にライヴをしたり、音を流して歌って踊って楽しむイヴェントなのですが、中学生ぐらいの若者たちの歌唱/演奏レベルが高くて驚きました。そんな中で、別に連絡がつけば住む場所は東京や日本以外の所でもいいとも思いましたね

※Nazは現在も沖縄に在住

冨田「音楽を作る場合、実際に会う以外にもやり取りの方法が増えたのは大きいですね。それに地方で活動してても首都圏と同じ情報を得られるわけじゃないですか。地方の盛り上がりもこちらに伝わるし、そういう活動をする人ももっと増えてくるような気がします」

柴田「『JUQCY』を作ってる時も本番以外はずーっとSkypeでミーティングしてましたもんね」

――なるほど。では最後に、Nazさんにはどんなシンガーになってほしいか教えていただけますか?

柴田「やはり、国外でライヴできる歌手になってほしいと思ってます。本人も言ってますけど、彼女の作品が尊敬しているアーティストにも届けば嬉しいですね。それが実現できるように世界と近い距離感で、音楽活動ができるようにがんばってほしいと思っています」

冨田「まだまだ触れていない良い音楽がたくさんあると思うので、いろいろな音楽を聴いて、そして挑戦してみてほしいですね。いまの真摯な姿勢と向上心があれば、もの凄いシンガーになれると思います。彼女のこれからが本当に楽しみです」

 


PROFILE冨田ラボ(冨田恵一)
音楽家、プロデューサー、作曲家、編曲家、Mixエンジニア、マルチプレイヤー(ドラム、ベース、ギター、鍵盤)。
数多くのアーティストにそれぞれの新境地となるような楽曲を提供する音楽プロデューサー。セルフ・プロジェクト〈冨田ラボ〉としても今までに6枚のアルバムを発売、最新作は2018年発売の『M-P-C “Mentality, Physicality, Computer”』。このアルバムにはKento NAGATSUKA(WONK)、chelmico、長岡亮介(ペトロールズ)、Naz、七尾旅人、Ryohu(KANDYTOWN)、吉田沙良(ものんくる)、Reiなど今の音楽界に欠かせないアーティストたちが集結し、冨田が見事に各アーティストの長所を引き出している。これまでなかった、ラッパーの参加や英語詞の曲も収録し、次の時代のPOPSを提示する名盤。
自身初の音楽書「ナイトフライ -録音芸術の作法と鑑賞法-」は、2016年度横浜国立大学の入学試験問題にも著書一部が引用された。また、1つの曲が出来ていく工程をオーディエンスの前で披露する〈作編曲SHOW〉の開催や、世界中から著名アーティストが講師として招かれることで話題のRed Bull MusicAcademyにてレクチャーなども行うなど、音楽業界を中心に耳の肥えた音楽ファンに圧倒的な支持を得るポップス界のマエストロ。

 


RELEASE INFORMATION

冨田ラボ M-P-C "Mentality, Physicality, Computer" スピードスター(2018)

 ★リリース時にMikikiに掲載した冨田ラボへのインタヴューはこちら

 

冨田ラボ Shiplaunching [2019Mix] Sony Music Direct(2019)

冨田ラボの2006年作が、本人の手によるニュー・ミックス&名匠バーニー・グランドマンのリマスタリングによる新装版として、SACDハイブリッド・ディスクとアナログ盤(完全限定生産)で7月24日にリリース!

 


LIVE INFORMATION

TOKYO LAB 2019
9月26日(木) 東京・渋谷 CLUB QUATTRO
出演:T.O.C Band feat. 冨田恵一(冨田ラボ)
https://www.tokyolab.tokyo/

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