音によるふたつの世界の往還 ティム・ヘッカーの連作

 アンビエント、テクノイズ、エレクトロニカ、ポスト・クラシカルなど、さまざまな出自や背景から派生し、細分化した電子音響ジャンルも、それはまたそれぞれに個別の聴取者層を持つようになってもいて、分類不能なものも含めて、小売店の棚を賑わせている(その割には近年では売場が縮小傾向なのは、この種の聴取者がネットで音楽を購入するようになっているからだろうか)。

 そうした傾向の中でも、カナダの電子音響アーティスト、ティム・ヘッカーは、細分化というよりは、どのジャンルにも簡単には収まらない、幅広い表現からの意欲的なアプローチを続けている。昨年9月にレーベルを4ADからクランキーに戻しリリースされた『Konoyo』は、雅楽アンサンブル、東京楽所(とうきょうがくそ)のメンバーと、東京の郊外にある寺で共同作業を行ない、日本への旅行中に大部分が制作されたという作品だった。

TIM HECKER Anoyo Kranky(2019)

 『Konoyo』(この世)では、日本の伝統音楽を題材に同時代のエレクトロニック・ミュージックとしてアップデートを試みている。雅楽を基調に、それがゆっくりと引き伸ばされ、アンビエント/ドローンへと時間をかけて変容していく最終曲“Across To Anoyo”(あの世に渡る)によって、この作品が対になる二部の連作であることが仄めかされていたのかもしれない。そして、その続編としてリリースされた、まるで二枚組の作品であるかのような『Anoyo』(あの世)には、“Step Away From Konoyo”(この世から遠ざかって)という楽曲が収録されているように、この連作を聞く体験とは、ふたつの世界を往還する旅のようである。

 “This Life”と“That World”、現在の人生とあちらの世界、現世と来世、そのふたつの世界は、どこかよく似ている。トビアス・シュピヒティヒのアートワークは、私たちの世界によく似ているけれど、どちらもよく見ればなにかが異なっている。ヘッカーの音楽の分類しがたさも、そうしたことに起因しているのかもしれない。