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写真提供/COTTON CLUB 撮影/山路ゆか

Vijay Iyer
ECMを舞台に自分の信じる表現を送り出している彼が今考えていること

 ヴィジェイ・アイヤー(1971年、NY州生まれ)は現在もっとも注視するに値する現代ジャズ・ピアニストである。彼のジャズ界での個性的な活動は1990年代中期以降に始まるが、実はそれまではイエール大学やカルフォルニア大学バークレー校の大学院で数学や物理学を学んでいた←つまり、音大経験なし。だが、一度音楽で行くと決めて以降は、好奇心たっぷりに様々な様式に鋭意着手。特にヒップホップ時代の“立ち”と無勝手流的快感を抱えるトリオ表現の面白さは一番知られるところだろうが、何をするにしてもジャズとして必要な飛躍や棘とそれと表裏一体のエレガンスや繊細さを併せ持たせる様は魔法のようと言いたくなる。

 そんな彼は、2014年作『Mutations』以降5作品連続で、ECMからリーダー作を発表している。しかも面白いことに、弦ユニット使用、マーカス・ギルモアを擁するトリオ、トランペッターのリオ・スミスとの双頭作、3管を擁するセクステット、クレイグ・テイボーンとのピアノ・デュオといったように、それらはすべて異なる編成でレコーディングされている。今トップ級にECMを舞台に好き勝手に自分の信じる表現を送り出しているアイヤーとは、どんな素顔の持ち主なのだろうか。

——変調ビート・ジャズの匠であるスティーヴ・コールマンのブループに入っていて(1995年~2001年)、ぼくはあなたの存在を知ったんです。やはり、彼はあなたにとって大きな存在なのでしょうか?

「スティーヴ・コールマンとはいろんなストーリーがあるんだ。たとえば、92年にあるコンサートに行ったら、彼がファリード・ファーク(88年にコールマンはスティングのレーベル“パンジア”からアルバム『Sine Die』をリリース。哀愁派アコースティック・ギタリストのハークもまたパンジアから2作品リーダー作を出した)と間違えて僕に声をかけてきたことがあったんだ。人違いですと言ったら、いやこれも必然で将来の何かへの第一歩かもしれないねと言われたな。僕はそのときイエール大学に通っていたんだけど、その1年後にカリフォルニアでの彼のショウを見に行ったときに、また話す機会を得た。そして、オークランドでの長期にわたる彼のライヴを僕がオーガナイズしたのが、94年の秋。その際にシット・インして、それがきっかけで彼のツアーに誘われたんだ。やはり、スティーヴ・コールマンは僕のターニング・ポイントとなる人だよね。彼から音楽することを真剣に考えたらと言われて、決意を固めた。その時僕は物理学とかを学んでいて、ミュージシャンになろうなんて思っていなかったから」

——物理や数学を学んでいたと言うのは、あなたの音楽にプラスになっていると思いますか? また、ヴァイオリンから始め、基本ピアノは独学であるという事実はどうでしょう?

「2番目の質問ほうから、答えよう。ヴァイオリンから音楽を始め、理論もちゃんと勉強し、12歳でフル・オーケストラに入ったんだ。その時、セカンド・ヴァイオリンの列に入れられた。それだと、ブラス・セクションの前で、わりと真ん中から音楽を聞くことができて、その時に音楽はどう構築されているのかというのを学んだような気がするな。ここ15~20年ぐらいクラシックの作曲をしてもいるんだけど、トリオでのショウにしてもフォルムの構築とか質感にオーケストレーション的感覚が出ていると思う。一方で、デューク・エリントンとかの影響も受けているし、僕が受けてきた影響がすべか らく僕の音楽には跳ね返っている。
 1つ目の答えは、ちょうど25年前に音楽の道に進んだわけだけど、数学の問題を解決するクリエイティティというのは、音楽を作る上でのそれと相似していると思う。数学とか物理学には正しい回答があるだけでなく、その中にはエレガンスな美学がついて回る。ゆえに、解決の過程において、必ずその中には美とか信念のようなものが存在するんだ。何を作るにしても、そこには数値化できるものがある。たとえば、音楽であれば、タイム感とかリズムとか、ある種の周波数、ピッチ……。その中には必ずメソッドのようなものがある。曲であっても誕生日のケーキであっても、そこには必ず法則がある。だから、アーティストは何人も数学者であると僕は思うな。セロニアス・モンクであっても、ビリー・ホリデイであってもね」

——それで、この5年間はECMからリーダー作を出しています。ECMからアルバムを出すということには、感慨はありましたか。

「僕が10代の頃、1980年代からECMのレコードはいろいろ聞いているよ。アート・アンサンブル・オブ・シカゴ、ドン・チェリー、レスター・ブーイ、ジャック・ディジョネット、キース・ジャレット……。ジャケット・カヴァーも特徴的であったし、惹きつけるものがあった。とはいえ、当時はあまりレーベルというのに着目することはなかったんだけど。最初、マンフレッド・アイシャーと話をした時に、彼は僕のやっていることすべてに興味を示してくれた。新作となるクレイグ・テイボーンとの新作も特殊と言えば特殊な内容だよね。でも、それも許されて、僕の全てを出し切ることができる稀有なレーベルだね」

——ECMから出されているあなたのリーダー作は、見事にどれも違う設定によるものとなっています。

「僕自身が大切にしている音楽を尊重してくれ、僕のやりたいようにアルバムを出させてくれている。そして、アイヒャーはそのどれにも賛同してくれている。最初に何をやりたいかという、長い~いリストを彼に渡したんだ。そして、今そのリストにある項目を一つ一つ消しているわけだよね」

——あなたが先に触れた『ザ・トランジトリー・ポエムズ』は同じピアニストのクレイグ・テイボーンとのデュオによる、ブダペストでのライヴ・アルバムです。彼とはずっと一緒にやってきているんですよね。

「長年、一緒にやっている。僕が参加できないプロジェクトで、代わりに彼が弾いたこともあるしね。ロスコー・ミッチェルのバンドで最初に一緒にやったのがクレイグとの出会いで、彼との2ピアノによる編成だった。それ、2001年だったかな。ザ・ノート・ファクトリーというバンド名で何枚も出しているけど、実は僕のECMデビューはその『Far Side』(2010年)なんだ」

——ところで、あなたは今ジャズ・アーティストという意識で音楽を作っています? それとも、ジャズを意識せず自分の音楽を思うままやっているという感じなのでしょうか。あなたは、自らの表現を“ミュージカル・アドヴェンチャー”と称したりもしていますが。

「うーむ。僕は自分をジャズ・アーティストとは思っていないし、他の人たちについてもそう。ジョン・コルトレーンが、日本で受けたインタヴューでこんなことを言っていた。……ジャズという言葉は音楽を押し込めるために作られた定義で、ジャズというものは存在しない。それは単なる定義づけであり、私は人間として生まれて得たクリエイティヴィティという権利を行使しているんだ」 *佐藤英輔

 


ヴィジェイ・アイヤー(Vijay Iyer)
ニューヨーク、オルバニーで生まれ。幼少よりヴァイオリンを学びながら独学でピアノを習得。イェール大学で数学と物理学を学び、カリフォルニア大学バークレー校で音楽認知科学を学びながらジャズ・クラブに出演し音楽の道へと進んだという異才。2009年のACTデビュー作「Historicity」がグラミー賞にノミネートされ、ダウンビート誌、ニューヨーク・タイムズ紙などによりその年の「最優秀ジャズ・アルバム」に選定されるなど一躍ニューヨーク・ジャズ・シーンをリードするピアニストとして注目を集め、現在も鮮烈なセンスでジャズ界を牽引している。

 

Vijay Iyer / ECM Recordings

 

 


ECM Records 祝ECM50周年~昭和/平成の名盤25

○7/24 第一回発売 昭和の名盤25作品(UCCE-9330~9355)
○8/21 第二回発売 平成の名盤25作品(UCCE-9356~9380)

1969年、ドイツでマンフレート・アイヒャーによって設立されたレーベル、ECM Records(Edition Of Contemporary Music)。
ジャズからクラシック、現代音楽までを網羅したラインナップで、これまでに1,500タイトル以上リリースされており、その“沈黙の次に美しい音”と言われる透明感にみちたサウンドは、誕生から半世紀近くにわたって音楽ファンを魅了しつづけています。今年は誕生から50周年! 50年間の間にリリースされてきた1,500以上もの作品の中から厳選された名盤50作品をUHQ-CDでリリース。
www.universal-music.co.jp/jazz/ecm50th/