米イリノイ州シカゴを拠点に活動する新鋭ポスト・ロック/マス・ロック・バンド、モノボディ。確かなテクニックに裏打ちされた変拍子の多用や複雑な構造や曲展開は実にイマジネイティヴで、インストゥルメンタルでありながらも非常に雄弁な音楽だ。

バンドの変幻自在なサウンドが極まった最新作『Raytracing』の日本盤が、このたびMAGNIPHからリリースされた。これを機にMikikiは、ポスト・ロックに造詣が深いライターの金子厚武にモノボディの音楽についての執筆を依頼。〈ポスト・ロック〉〈ネオ・ジャズ〉〈シカゴ〉といったキーワードから、その独自性を分析してもらった。 *Mikiki編集部 

MONOBODY Raytracing Sooper/MAGNIPH(2019)

モノボディはギター・インストゥルメンタルの新たな可能性を提示する

〈ポスト・ロック〉と〈ネオ・ジャズ〉は一本の線で結ばれている、と僕は思っている。そもそもポスト・ロックの背景にはジャズが大きく関わっていたわけだが、折衷的な音楽性、変拍子/ポリリズムを駆使したテクニカルな演奏、エレクトロニック・ミュージックとの邂逅、ポスト・プロダクションの重視など、具体的なポイントでもリンクする部分が多いし、何より音楽を前進させていこうとする姿勢そのものがリンクしていると言える。そして、ネオ・ジャズの盛り上がりが今日的なラップ・シーンとも結びつき、さらなる拡張を見せた先で、もう一度ポスト・ロックの流れを汲んだギター・インストゥルメンタルの可能性を提示するのが、モノボディというバンドである。

 

シカゴ産ポスト・ロックの正統後継者たち

モノボディは2014年に結成されたツイン・ベース編成の5人組。彼らの拠点がシカゴであるというのはとても示唆的だ。2010年代のシカゴといえば、チャンス・ザ・ラッパーに代表される新たな価値観を有したラップ・シーンの震源地として知られているが、90年代後半から2000年代前半のシカゴといえば、間違いなくポスト・ロックの一大拠点であった。トータスやジム・オルークらが〈シカゴ音響派〉と呼ばれ、ウィルコが独自の音楽性を確立して行った一方で、ティムとマイクのキンセラ兄弟を中心としたコレクティヴが、新しいオルタナティヴとしてのポスト・ロックを作り上げたのもまたシカゴである。

モノボディの中心人物であるギタリストのコナー・マッキーと、ベーシストのスティーヴ・マレックは、2000年代後半からルーズ・リップス・シンク・シップスというバンドで活動し、ヴィクター・ヴィラリール(キャップン・ジャズ~ゴースト&ウォッカ~アウルズ)とも交流があった模様。また、ルーズ・リップス・シンク・シップスのメンバーだったマシュー・フランクは後にマイク・キンセラらとゼア/ゼア/ゼアを結成したことでも知られている。

ゼア/ゼア/ゼア(Their/They're/There)の2013年作『Analog Weekend』収録曲“New Blood”

 

ナムディ・オグボナヤというキーパーソン

そんなオルタナ寄りのシカゴ産ポスト・ロックの正統後継者たちによる新バンド、モノボディに最後のピースとして合流したのが、メンバー唯一のアフリカン・アメリカンであるドラマーのナムディ・オグボナヤで、彼こそがバンドのキーパーソンだと言っていいだろう。というのも、彼は自らのレーベル〈Sooper Records〉からセン・モリモトの『Cannonball!』をリリースし、来日公演にもドラマーとして参加していた人物。フリー・ジャズ界隈とも接点が強いようだが、2017年に発表したソロ作『Drool』はアヴァン・ヒップホップ的な内容で、1曲目の“Cindy Oso”にはセン・モリモトが参加している。つまり、彼はシカゴにおけるポスト・ロックとネオ・ジャズ/ラップ・シーンの接続を体現する存在なのだ。

ナムディ・オグボナヤの2017年作『Drool』収録曲“Cindy Oso”。客演している〈mOrimOtO〉は京都出身でシカゴ在住のアーティスト、セン・モリモトのこと

 

立体的なサウンド・デザインとナムディの開放的なドラミング

『Raytracing』は2015年に発表されたデビュー作『Monobody』以来となる2枚目のアルバムで、本国では昨年リリースされたが、今年7月に国内盤がリリースされている。『Monobody』はまだ結成から日が浅かったこともあってか、セッション的な色合いの強い作品だったように思うが、『Raytracing』はバンドの作家性が明確になった文句なしの名盤だ。収録曲は6曲で、大きく5分前後のコンパクトな曲と、10分前後の大曲に分けられ、5分前後の“Raytracing”や“Former Islands”はいかにもシカゴ産ポスト・ロック的な仕上がり。タッピングを駆使した(ギターとベースともに)流麗なフレージングや、コロコロと変わる拍子、タイトなキメの多用は、ゴースト&ウォッカやアメリカン・フットボール、あるいはtoeのリスナーに間違いなく刺さるであろう。

『Raytracing』収録曲“Former Islands”

もちろん、そのアンサンブルは2010年代仕様にアップデートされていて、その鍵を握るのはやはり2本のベースである。しかも、ただ低音を強化しているというわけではなく、ギターやシンセを含めたそれぞれの楽器が各帯域に振り分けられ、立体的なサウンド・デザインを作り上げているのだ。録音とミックスはコナーとスティーヴが担当しているが、この感覚はやはりエレクトロニック・ミュージックを通過した耳だと感じられる。その上で、あくまで生演奏の心地よさが最優先されていて、特に印象的なのがナムディのドラミング。モノボディにおける彼のプレイは基本的に手数の多いロック・ドラムで、ときおり出てくる狂ったような乱打はアダム・ピアース(マイス・パレード)や柏倉隆史(toe)のようであり、楽曲に解放的な印象を与えると同時に、往年のポスト・ロックのイメージを今に引き継いでいる。

そして、3曲収録されている10分前後の大曲が、彼らの技術の高さとラディカルさをさらに示している。例えば、1曲目の“Ilha Verde”はシンセとベースのレイヤーによるイントロダクションから始まり、序盤の隙間を生かしたアンサンブルが徐々に緩急を生かしたマスロック的なアンサンブルへと変化して、さらに強烈なサイケデリック・ジャムに突入。ピアノをフィーチャーしたジャズ色の強いパートを挟み、フレーズやリズム・パターンを細かく変えながら再びジャムに入っていくと、最後はエレクトロニックな音色とナムディの乱打が入り乱れるという、インパクト大な仕上がりだ。

『Raytracing』収録曲“Ilha Verde”

 

〈ネオ・ジャズ以降〉へのポスト・ロック側からの返答

情報量の多いジャンル横断的なアレンジと、パートごとに主役の楽器が入れ替わっていくプログレッシヴな構成からは、くるりの最新作『ソングライン』(2018年)に収録されていたインスト・ナンバー“Tokyo OP”を連想した。インプロ慣れしたジャズ出身のクリフ・アーモンドが複雑な楽曲の中でロックに叩きまくるあの感じと、モノボディにおけるナムディの存在は非常に近いように感じられる。よりシンセを重用し、アンビエント/ニューエイジ的な展開も見せる“Echophrasia”、ヴィブラフォンが正統ポスト・ロックな雰囲気を醸し出しつつ、極端に歪んだベースやHR/HMなライトハンドといった飛び道具も嫌味なく放り込み、劇的なアウトロを迎えるラストの“Opalescent Edges”も素晴らしく、これはぜひとも生で体験してみたい。

『Raytracing』収録曲“Opalescent Edges”

今年の〈フジロック〉に出演し、高度なテクニックと西海岸出身らしい解放的な雰囲気で沸かせたチョンや、10月に再来日が決まっている、よりメタリックな要素の強いポリフィアなど、近年ギター・インストが新たな盛り上がりを見せている。ポリフィアのアルバムに参加し、ichikoroのメンバーとしても活動するichikaが国内外のトラックメイカーと積極的にコラボレーションをしたりと、この動きは日本を含む全世界的なものであり、昨年12月にチョンとともにアメリカ・ツアーを行っているLITEが新作でラッパーのmaco maretsをフィーチャーし、henrytennisスナーキー・パピーの3管アレンジに刺激を受けて新たな境地に辿り着いたのも、2019年らしいトピックだ。

こうした動きを、ネオ・ジャズ以降の自由な空気に刺激を受けたポスト・ロック側からの返答(あるいは融合)と位置付けることは可能だろう。そして、伝統と革新を纏ったシカゴを拠点とするモノボディは、その象徴であるように思う。