初心に帰ったシンプルな音楽から見えるもの

 オランダ在住のジャズ・ピアニストの小橋敦子が、9作目となる『Virgo』を発表した。“おとめ座”を意味するタイトルには、“初心に帰る”という気持ちが込められている。子供の頃からクラシックのピアノを習っていた彼女は、やがて即興演奏や作曲に興味を持ち始め、慶応大学ではライトミュージックソサイエティで活動。その後渡米して、憧れていたスティーヴ・キューンに師事した。帰国後に本格的な音楽活動を開始し、現在はアムステルダムを拠点にしている。

 「オランダに13、4年住んで、ヨーロッパのジャズの影響も受けていますが、オランダでも難解だったりテクニック重視だったりする音楽が増えてきました。でも、私は昔からシンプルなものが好きだったし、原点に立ち戻りたいという気持ちもあったので、新作ではSimplicity(簡素)とPurity(無垢)、Innocence(純真)をコンセプトにしたんです」

小橋敦子 Virgo Jazz In Motion(2019)

 収録された10曲中、オリジナルは小橋の1曲と、演奏でも参加のトニー・オーバーウォーター(b)の2曲のみで、他はデューク・エリントンからウェイン・ショーター、パット・メセニーまで、古今のジャズ・アーティストの作品が取り上げられている。

 「ヨーロッパではオリジナル重視の傾向がすごく強くて、他人の曲をやってもあまり評価されず、スタンダードも避けたがります。でも、ずっとストレートアヘッドなジャズを聴いて育った私は、スタンダードが大好きだし、他人の曲を演奏することにも全然抵抗はありません。やっぱり、ミュージシャンは美しいメロディに惹かれるわけだし、メンバーやコンセプト以前に、とにかく自分の好きな曲や自分にとって意味のある曲をやろうと思っていたんです。ショーターにしてもヘイデンにしても、自分の個性を見出すために苦闘した人が作った曲って、素晴らしいんですよ」

 共演者として最初に決まったのはオーバーウォーターで、小橋が大学生の頃から大好きだったチャーリー・ヘイデンに通じるものを感じたという。アンジェロ・フェルプルーヘン(flh)も彼の推薦だ。ヘイデンが取り持つ縁で生まれたとも言えそうなこのトリオの演奏は、彼の持ち味でもあった削ぎ落されたシンプルなスタイルを受け継いでいる印象で、楽曲の魅力はもちろん、演奏者の個性や気分をうかがい知るのに好都合な透明感を生み出している。

 アルバムはスタジオに観客を入れて、ステレオのアナログ・レコーダーを使った一発録りのライヴ形式で行われた。プログラム本編最後の《Hermitage》が終わった時の拍手でようやくライヴだとわかるほど、演奏者と観客の緊張感が見事に呼応した作品である。