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全なる鬱をパッケージ

――『音の門』はどんなふうに作り上げていったのでしょうか?

「『ロックブッダ』の制作が長期化するなかで、“日捨て”という曲のサビが出来たんです。自転車に乗って『ロックブッダ』の作業から行き帰りしてるときでした。『ロックブッダ』のリリースが2年、3年延びるというのは、僕にとっては拷問だったんですよ。もうミンチにされるような感じっていうか、すごく苦しくて。ほんとに日を捨てているような感覚。それが、自転車に乗っているときに〈おいらは日捨て〜〉って鼻歌になって出てきた(笑)」

――魂のブルースですね(笑)。

「本音が歌になった瞬間ですね。でも、それはいままでのレパートリーと全然違うもので、〈これ、なんなんだろう?〉と思ったんです。自分の父親は廃人のように生きてるんですけども、そんな父親にシンクロしてしまった自分のことや、いろんなことを思ってしまって。試しにこのサビをもとに一曲作ってみようと思ったんです。弾き語りで、すごくミニマムな歌詞で。それで、そういう曲を作ってみたら意外と気持ち良かった。

その“日捨て”が出来たのが2013年の頃で、ライヴでやってもいたんですけど、その曲だけ他の曲と違って宙ぶらりんな感じだったんです。じゃあ、そういうものばかり集めたアルバムを作ろうと思ったのが『音の門』の始まりでした」

――『スラップスティックメロディ』とほぼ同時期ですね。

「そうです。『ロックブッダ』の作業が長期化していくなかで、『ロックブッダ』1枚でいま自分が思ってるもの表現しようと思ったら情報量が足りない。アルバム3枚ぐらいは必要だと思ったんです。『音の門』は初めて歌詞を先に書いて曲を作ったんですけど、廃人だった頃に、思いついたことをメモしていて。それはリアルな鬱の記録なんですけど、その言葉を部品にして歌詞を書きました。実は詞を書くのは苦手で、詞が先にあるというのはすごく有利というか、詞さえあれば曲はすぐ出来るんですよね。実際、このアルバムは4日間で作りました」

国府達矢 音の門 felicity(2019)

――初めて詞先で作ってみて、いかがでした?

「作りやすかったですね。〈こんな楽なことあるのか!〉みたいな。しかも、『音の門』に入ってる曲って〈この後にドンとサビが来て〉とか、そういうハードルが一切ない。雰囲気が中心の曲ばかりで、曲作りはすごく楽でしたね」

――その〈雰囲気〉というのは、どういうものなんですか?

「〈鬱フォーク〉っていうか、完全なる鬱をパッケージする、閉じ込めるっていう感じでした。だから〈ここでこういうキャッチーなサビを入れて〉とかそういうハードルは一切なく、雰囲気とか空間とかのほうが大切だったんです」

――『スラップスティックメロディ』も内省的な作品でしたが、こっちのほうが闇は濃いですね。『スラップスティックメロディ』のエモさはなく、どこか虚ろで。

「『ロック転生』(2003年)って、それまで作ったなかでいちばんスピリチュアルな作品だったと思うんです。〈宇宙創出!〉みたいな、それぐらいの野心があった。『ロックブッダ』では情報とか構造がコンセプトになって、『スラップスティックメロディ』ではエモーション。で、『音の門』は時間とか空間、実在感を意識しました」

2018年作『ロックブッダ』収録曲“薔薇”

 

『音の門』はあと2曲削ればパーフェクトなアルバム

――なるほど、『音の門』は余白が多いサウンドですね。あと、『スラップスティックメロディ』がエレキ・ギター中心なのに対して、『音の門』がアコースティック・ギターを中心に使っているのも印象的で、弦の張りつめた音色が、このアルバムに合っています。

「これまではアコースティック・ギターを弾くことってあまりなかったんですけど、去年、アコースティック・ギターで歌の練習をする時間がちょこちょこあったんです。そのとき、エレキ・ギターで弾き語りをするよりも自然に近い行為だと思いました。生声と生ギター、そこでもうすべて調整できる。エレキ・ギターってやっぱりアンプを通してなんぼ、増幅させてなんぼですからね」

――その一方で、ヴォーカルにはエフェクトをかけたり、ミックスで立体感を出したりしていますね。例えば“KILLERS”では、遠くにファルセットの歌声が聴こえていたかと思うと、サビで突然、生々しい声が現れる。

「ホラーみたいな感じで(笑)。歌を録っているときに閃いたんですよ。あそこは発声の仕方も含めてうまくいきました。それぞれ曲の音を組み立てていくときに、〈次はこの手でいこう〉とか、いろいろ考えながらやってたんです」

――“KILLERS”に続く“重い穴”のもやっとした声の録り方が、また鬱っぽいですね。 

「もう、そのままです(笑)。『音の門』は、あと2曲削れば結構パーフェクトなアルバム、聴きやすいアルバムになると思ってたんですよ。そこで削る候補は“重い穴”だった。この曲はちょっと重すぎる。アルバムを聴いてて、〈え、まだ下行くの?〉みたいな(笑)。〈“重い穴”ともう1曲削ったら、すっきり聴ける弾き語りのアルバムになるな〉って考えていたときもあったんです。僕はこのアルバムを作ったことで、ちょっと自分を客観的に見られるようにもなってたんですよ。

でも、僕の友人のミュージシャンで、自律神経を病んで家に引きこもって生活していた人がいたんです。その彼に『音の門』を聴かせて、〈“重い穴”を削ろうと思ってるんだけど〉って言ったら、〈いや、あの曲がいちばん大事なんじゃない〉って(笑)。それで〈そうか、病人にはそう響くのか。鬱がコンセプトのアルバムだから外すのは止めよう〉と思ったんです」

――とことん落ちようと。

「とことん行っとかないと意味ないなって」

オフィシャル・アーティスト画像
絵/雪下まゆ
 

闇を出し切り、光へと向かう

――でも、暗いアルバムに聴こえますが、1曲1曲聴いて行くと、エレキ・ギターをかき鳴らす曲があったり、ポエトリーリーディングがあったり、ヴァラエティーに富んでいますよね。

「エンターテイメント性は失ってないでしょ(笑)? でも、子供には聴いてほしくないんですよね」

――というと?

「『ロック転生』『ロックブッダ』って、希望とか光みたいなものをなんとか格闘しながら作り上げようとしていたんです。でも、『スラップスティックメロディ』も『音の門』もすごく内向きで、下に行っちゃう構造になっている。それでもギリギリの救いは作ったつもりですけど、自分のなかでは禁じ手をやった感覚がすごくあって」

――それでも、作るしかなかった。そこに国府さんのアーティストとしての業を感じます。追いつめられながらも、エンターテイメントを意識しているところも含めて。そもそも、アルバムが完成できない苦しみから2枚のアルバムを生み出してしまうということ自体、尋常じゃない。

「実は今回の2枚を作っているうちに、もう1枚、アルバムのアイデアが浮かんだんです(笑)。これから、それを作る予定なんですけど」

――すごいですね(笑)。今度はどんなアルバムになりそうですか?

「この2枚とは対極のもの。あえて言うなら『ロックブッダ』に少し寄ったものになると思います。『トゥー・ライツ(to lights)』っていうタイトルを考えているんですけど、〈海!〉〈光!〉みたいなアルバムです」

――闇の部分は今回の2枚ですべて出し切った?

「そう願いたいです。でも、僕はエンターテイナーなので、必要とされればやりますけどね(笑)」