無防備でいて抜け目なき映像美をした、山中の原点回帰作

 作品には2つのテーマが掲げられた。ただ驚かされるのは、いつも山中千尋(p,key)がやってみせるテーマ素材の大胆な擬死再生でも、豪爽な換骨奪胎でも、山中式パズリングによる創作でもない。重要なヒントが得られた修験者のように、表現者として一段上の高みへ達したかの尊い表情が音に込められているのだ。

 「むしろ原点に回帰し、ジャズを始めた頃から抱くテーマと対峙して、素直にピアノと向き合えていました。今回の〈ブルーノート〉と〈ミシェル・ペトルチアーニ〉という2大テーマの下で私はただ無防備に素材と向き合うしかなく、でもそれがデビュー前からの私の希望で、そんな私には夢のような録音になりました」

山中千尋 プリマ・デル・トラモント Blue Note Records/ユニバーサル(2019)

 ブルーノートは、今年が創立80周年。山中にとって最も居心地が良く“特権的”居住地であると語る。ペトルチアーニについては、没後20年に当たった。

 「ペトルチアーニさんは、私がジャズを始めた最初期からのお気に入りで、来日時は必ずお小遣いをはたいて会場へ足を運びました。つまりこれは30年も前から温めていた趣向で、これまでにない意気込みと畏怖とが、複雑に絡み合っているんです。素のままのアプローチも、1コーラスずつ自然発生的に新しく主題を取り替えていく彼の演奏手法に添ってみた結果であり、表面上オーソドックスとみえる構成もそういうこと」

 そのせいかあまりに力強く、エクスペリメンタルで、奔放に脳内を刺激しにかかる。〈ペトルチアーニ・トリビュート〉は熟度が頂点に達したかと思えるレギュラーのNYトリオ、〈ブルーノート・オマージュ〉には初期ロバート・グラスパー・トリオのリズム・ユニットが迎えられた。NYジャズの急先鋒を担う面々だが、前者がマグマなら後者はアイス、前者が〈ピリオド〉なら後者は〈カンマ〉か〈クエスチョン・マーク〉だと分析する。いくつかの曲名に薄くイタリアの匂いを香らせていることを、取材の最後に質してみた。

 「昨年訪れたミラノに祀られる守護聖人=ジェンナーロに、ふとペトルチアーニを重ね見たんです。そこで生まれた曲が〈小さなジェンナーロ〉=“ジェンナリーノ”。また言葉が通じないこの地で大洪水に遭い、命からがら近くの教会へ駈け込んだこともありました。そこで牧師さんが語った言葉の冒頭が“プリマ・デル・トラモント”。日が暮れる前に自らを許し希望を持って太陽を迎えましょうという、原点に立ち返り、いつになく苦労させられながら自らを曝け出すことで落着していた今作に、これは相応しい一節ではないかと」

 タイトル曲の、何度も繰り返す官能的なコードの流れと、それと対抗するように逼迫したリズムとのミクスチャーに、新しいバラードの誕生を見た気がした。

 


LIVE INFORMATION

山中千尋トリオツアー 2019
○10/12(土) 高崎芸術劇場
○10/13(日) ブルーノート東京
○10/14(月・祝) ブルーノート東京
○10/15(火) 名古屋ブルーノート
○10/16(水) 富山 新川文化ホール
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