青柳拓次をプロデューサーに迎えポリフォニーをテーマとした意欲作『JaPo』(2016年)を引っ提げ、近年は各地のフェスやイヴェントでその表現をより深化させているシンガー・UA。来年はデビュー25周年を迎える彼女が去る10月5日、6日の2日間、ツアー〈WATASHIAUWA Tour 2019〉を東京・日本橋三井ホールにて開催した。UAの東京でのホール・ライヴは十数年ぶりとなるという記念すべき公演の2日目を訪れた内本順一によるレポートを掲載する。 *Mikiki編集部

 


UAをとても近くに感じられたライヴだった。座席キャパ約650である日本橋三井ホールの、ステージと客席との実際的な距離の近さもある。が、それより何より彼女のライヴの進め方から、そのような印象を受けた。とてもインティメイトな雰囲気のライヴだったということだ。

UAにとって、けっこう久しぶりとなるホール・ライヴ。自分は近年、〈朝霧JAM〉、〈CIRCLE〉、〈GREENROOM〉、〈フジロック〉といった野外フェスでUAのライヴを観てはいたが、単独公演はかなり久々だった。だからあんなふうにフランクに観客に話しかけたり、観客の質問に長々と答えたり、バンド・メンバーに無茶ぶりしたりするUAを新鮮に感じたし、少しばかり驚きもした。こんなにリラックスして、こんなに冗談をたくさん言い、こんなにも自由で開かれたライヴをするひとだったっけ? 常連客ならそこまで驚きはしないのかもしれないが、自分のように彼女のフル・ステージを久々に観た者や、今回初めて観たひとにとっては、それは少し意外に感じられることでもあったんじゃないだろうか。

来年、デビュー25周年を迎えるUA。初期の作品にはメロディアスでポップとも呼べる親しみやすさがあったが、ある時期以降は次第にオルタナティヴな性格を強めていき、こういう言い方をすると失礼かもしれないが、ある種の敷居の高さのようなものをここ数年のオリジナル作品から感じていたひとも少なからずいたことと思う。リズムは躍動的で開放的でありながらも、複雑な転調や変拍子が多用される近年の作品群は先鋭的かつアート性の高いもの。だがライヴともなれば観客がそれを〈鑑賞する〉ように聴くだけでなく、共感としてわかち合いながら〈楽しむ〉といった相互作用も大事だったりするわけで……。じゃあどうするか。単に鑑賞度の高くてスキのないライヴにするのではなく、観客と共にその場を楽しみ歌を共有する、そういうライヴにするためにどうするか。そこのところの、これはUAなりのひとつの答えのようなライヴだったんじゃないかと、そう思った。

 

「会えましたね~!」。ステージに出てきて中央に立つなり観客にそう呼びかけ、衣装について「昨日とは変えてるんで」。そう言うと、観客から「ワイルディー!」との声が飛ぶ。「ワイルディー? ほんと? エレガントにしてきたつもりなのに……」。ミントグリーンのその衣装は片方だけが蝶の羽のようになったアシンメトリーなもので、確かにワイルドではなく優美に寄ったものだったが、それはともかく1曲目が始まる前からこうしてフランクに観客と話すライヴというのも珍しい。そしてUAはバンドのメンバーを紹介し、“TIDA”でライヴがスタートした。

演奏は内橋和久(ギター)、鈴木正人(ベース/キーボード)、山本達久(ドラムス)。コーラスで神田智子とMEG。まずはとにかくこのバンドが素晴らしい。化け物的なレベルの技術を持ちながらも自己主張しない演奏者3人は、ポリリズミックなアンサンブルをしなやかかつ優雅に聴かせ、女性ふたりのコーラスはUAの歌の持つ生命力をさらに大きく膨らませる。このバンドの音の特徴を決定付けるのは前衛ギタリストの内橋だ。その音の鳴りようで聴き手は海の底を漂うような感覚にも空に浮いたような感覚にもなる。彼のギターはUAの声に寄り添ったり、突き放したかと思えばまた引き寄せたり。そしてUAの歌はといえば内橋のギターを鰭にして泳いでいる、またはそれを羽にして飛んでいるように思えたりもするのだった。ならば、ドラムとベースは気流のようなものか。歌を上昇させもするし、安定させもする。なにしろUAが歌で自由にどこへでも行けるのはこのバンドだからこそなのだと、そう思いながら最後まで観た。

2曲目は“踊る鳥と金の雨”。歌とコーラスのインプロヴィゼーションといったような後半の羽ばたきが鮮やかだった。「正人くんの曲です」と紹介された3曲目は“Lightning”。作者・鈴木正人の鍵盤がロバート・グラスパー的だ。「懐かしい曲を聴いてください」と言って歌われた4曲目は“甘い運命”。メロディックで、とりわけサビを聴きながら心が弾んだ。

ほどけた靴紐を結ぶ間しばし沈黙が訪れると「こういうときってドキドキする?  しない?」とUAはメンバーに話しかけ、この日の天気の話などしたあと、「朝本(浩文)さんの曲、聴いてください」と言って5曲目“Love Scene”を。あたたかで優しさいっぱいのメロディーが青空みたいにそこに広がり、近頃の世界はまさしく炎に包まれたりしているけど、こういう〈あいのうた〉は希望だなと思った。と、そんなとき、母親に連れられてきた小さな子供の声が会場に響いたりも。それもまたUAのライヴの構成要素として自然にそこにあるものだ。そして“閃光”。rei harakamiがアレンジを手掛けた曲だが、今回演奏されるのはその元曲のエレクトロな感触をかなり忠実に生かした形であり、眩しい照明も相まって胸に響いた。

 

ここでひと息。MCの時間だが、UAは特に何を話すか決めてきてないようで、「ギブ・ミー・お題!」と一言。すると前のほうの観客から「デビューのきっかけはなんですか?」という質問が飛んだ。「長くなるよ」と笑いながら、しかしUAはそれに応えて話し出したのだった。正確ではないが、だいたいこんな感じだ。

「私の本名は嶋歌織って言うんです。〈歌を織る〉と書くので、生まれつき歌うことになってた運命だったのかも。大学は美術の学校に行ったりして。卒業して、メキシコにどうしても行きたくなって行ったわけ。で、トウモロコシを首にぶらさげて帰ってきたら、もうみんな就職先が決まっていて。それで私も就職したんですよ、グラフィック・デザインの事務所に。

だけど1か月で終わっちゃって。社長に〈明日から来るな〉と言われて、〈なんでですか?〉って訊いたら、〈風紀を乱すからだ〉って言われたんです。それからアルバイト・ニュースでバイト先を調べて、見つけたのがジャズの流れるお店。アニエスベーとか着てね、北新地のジャズのバーに行ったの。そうしたらそこにひとりの女性が現れて、ヴァイオリンを弾きだしたんです。それがHONZI」。

思わぬところでその名前が出てきたので自分は息をのみ、観客数人も少しどよめいたが、UAはそのまま話を続けた。その店で初めて人前で歌うことになったものの、声の大きさに客が耳をふさいでいたこと。それから東京に出てきて映像の勉強をし、ふたたび大阪に戻ってクラブでスリー・ディグリーズの曲を歌っているときに、音楽事務所を作ろうとしていたある男性から〈やってみないか〉と声をかけられたこと。そして、「あれから24年です」と言って話を締めた。

ライヴのなかでこんな話を聞けるとは思っていなかったし、UA自身、そんな話をすることになるとはまさか思っていなかっただろうが、しかしそれは〈WATASHIAUWA〉と題されたこのツアーの締め括りに相応しくもあり、来年デビュー25周年を迎えるにあたってのいい原点確認になったかもしれない。

 

そんな話を長くしたあと、続いての曲は“ブエノスアイレス”。高低を行き来しながらじっくり歌うUAの〈嘘つきはどこへ〉という言葉と内橋の弦の音が耳に刺さった。そして荒井由実のカヴァー“きっと言える”。デビュー15周年の際に出したカヴァー作品『KABA』(2010年)に収録されたこの曲も、UAが歌えばUAの歌となり、オリジナル曲と並べて歌われても特別な1曲という感じはしないものだ。続けて“2008”。曲の後半から演奏と歌がどんどんエモーショナルの度合を増していった。

「三井ホールのステージにUAとして初めて立っているんですけど、とっても気持ちがいいんです。音の粒々が全部聴こえる!」。UAがここでそう話した通り、三井ホールは音響が非常に良好な会場で、楽器音の繊細なニュアンスを感じ取ることもできる。UAはそれから神代文字についての話を始め、(その内容については長くなるのでここでは省くが)最後に「独特でいようと思っているんです」と改めて宣言するかのように言った。そしてリズム回帰を強く思わせる“AUWA”(ツアー・タイトル〈WATASHIAUWA〉にこの言葉が含まれてもいる!)を、神田智子とMEGと共に大地と宇宙を繋げる感覚を持った根源的なダンスをしながら歌唱。内橋のギターが熱を高めるに連れ、UAの動きも大きくなった。

11曲目は代表曲のひとつとも言える“悲しみジョニー”だったが、演奏は元の官能的なメロディーを追うようなものではなく、音もアブストラクト。12曲目“黄金の緑”は山本達久のドラムンベース的なビートで始まり、曲が進むにつれてリズムをたびたび変化させるというものだった。楽曲は年月を経て育っていく。アレンジが変わり、アプローチが変わるのは必然だ。そういうUAの考え方がこのあたりの曲に特に表れているようだった。そして本編の最後は“愛を露に”。静けさのなかから歌が立ち上がり、弦の音が花びらや風、春の訪れの美しさと共に激しさも表現する。UAの歌は強く、気高く、祈りを含んでいた。〈さあ、銃を下ろせ〉という言葉がしばらく耳に残り続けた。

 

アンコール。UAは黒のドレスで再登場した。ここで歌われたのは、AJICOのファースト・シングルとして発表された“波動”だ。前衛ジャズ的な要素も含んだ演奏と共にUAの歌が熱を帯びていく。そんな迫力の演奏のあとで、「久しぶりの“波動“でした。〈はどうはどう?〉なんつって」と駄洒落で脱力させるあたりもUAらしいか。「もうちょっと喋ったほうがいいのか、歌ったほうがいいのか、いつもその瀬戸際にいるんですけど……」などと独り言を言ってるあたりで、また観客から質問が飛んだ。「来年の予定は?」。

それに応えて「(来年は)25周年なんです。だからね、もう少しライヴをしようと思っているし、レコーディングもいっぱいしようと思っているし。なんにも日にちは決まってませんけど、でも名曲が生まれる予感満載なので、待っててください。じゃあ、あなたと“ランデブー”しちゃおっかな」、そう言って懐かしき“ランデブー”を。96年の初アルバム『11』からの曲だが、懐古的な色合いなど少しもない。UAは飛び跳ね気味に動いて歌い、内橋がギターを歪ませ、中盤でリズムがファンキーな方向に展開すると、そこで神田智子が動物みたいな高い声で歌って、MEGはといえばなんと吉幾三“俺ら東京さ行ぐだ”の一節をラップした。さらに山本、鈴木、内橋と順にソロを聴かせ、グルーヴが渦巻き状になったところで曲が終了。

「今年のツアーはこれでおしまい。でも人生は続く。ニュー・U(ウー)子としてまた会いましょう」。そんな言葉のあとアニメ「ハクション大魔王」「アタックNo.1」のテーマ曲を口ずさみ、加えて「リボンの騎士」の挿入歌のフレーズを何度か繰り返してUAが歌うと、観客もそれにレスポンスしたり。このあたりの昔のアニメを知っている世代ばかりが会場にいるわけではないにせよ、UAの楽しそうなその感じにみんながつられ、楽しいムードに満たされる。と、そこからUAは内橋のボサノヴァっぽいアコギに合わせてアカペラに近い感覚で“ミルクティー”を歌いだし、ホールは優しさに包まれた。

これで終わりかと思われたが、しっとりした終わり方より会場全体がひとつになるような終わり方のほうをUAは選択したようだ。立ち上がってみんながカラダを揺らしながら聴ける曲。そう、最後は“情熱”だ。バンドとUAの確かな信頼関係がグルーヴとなるだけでなく、UAと観客たちとの間にある信頼関係もまたグルーヴになる。UAのここでの節回しはいつにも増して自由だった。

UAがひとりひとり名前を呼び、その合図でステージを捌けるメンバーたち。一緒にUAも舞台袖へと歩きながら、しかしコーラスのふたりだけはそこに残らせ、何か歌うようにと無茶ぶりする。共に捌けるはずだったのに、ステージにおいてきぼりにされ、「え?  どうすればいいの?」といった困惑の表情で立ち尽くす神田智子とMEGのふたり。結局UAがもう一度現れ、「スリー・ディグリーズみたいに」と言って予定になかった“水色”を3人で即興アカペラにて。われわれ観客にとっては嬉しくて幸福な最後のおまけだった。それにしても信頼感あっての無茶ぶりとはいえ、UAのやりたい放題的な自由さといったらなかなかのもの。決められた通りに終わらない。同じようには歌わない。型にハマらないのはその音楽性だけじゃないのだ。

初期のメロディックな曲とある時期以降のオルタナティヴな曲。方向性は異なれど、この日歌われたのはすべてがUAの愛する曲、いま歌いたい曲なのだとよくわかった。そしてそれらを時間軸関係なくいい塩梅で混ぜ合わせ、親しみと笑いある喋りをたくさん挿みながら歌って届ける。そうして彼女は観客と歌を共有し、それによって会場は幸福感に満たされる。そういうライヴを、いまUAはしている。

 

帰り際、出口付近には中村佳穂から届いた水色の花が飾られてあった。ポップスともジャズとも判然とさせず自由奔放に個性の強い音楽を奏でて楽しそうにしている、中村佳穂はそんな若手シンガーだが、そういうあり方の先にUAがいて、もう24年も好きなように歌い続けている。しかも彼女のなかの表現の自由度はここにきてさらに増しているようにも思えたライヴだった。25周年となる来年の動きがとても楽しみだ。

 


SETLIST
WATASHIAUWA Tour 2019(2019.10.6)

TIDA
踊る鳥
Lightning
甘い運命
Love Scene
閃光
ブエノスアイレス
きっと言える
2008
AUWA
悲しみジョニー
黄金の緑
愛を露わに
波動
ランデブー
ミルクティー
情熱