天野龍太郎「Mikiki編集部の田中と天野が海外シーンで発表された楽曲から必聴の5曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。先週はこれといった話題がそれほどなかったんですが、世界有数の音楽メディアであるPitchforkの2010年代ベスト特集が音楽ファンの間で議論を呼んでいましたね」

田中亮太2010年代ベスト・アルバム2010年代ベスト・ソングを発表。さらに、政治運動やアイデンティティ・ポリティクスと音楽との関係について論じた記事などのコラムもかなり充実。この10年の洋楽を振り返るにはうってつけのいい企画ですが、2019年もまだ終わっていないのに、気が早すぎませんか(笑)」

天野「そうなんですよ! だって、作品の評価が定まるのって時間がかかるじゃないですか。聴き方が180度変わることなんてざらにありますし、いま良いとされているものが10年後にはダサくなっているかもしれない。まあ、現状はこうだという整理や報告だと思って読むのがいいいんじゃないでしょうか。ちなみに、僕の2010年代ベスト・アルバム第1位はPitchforkと同じです。恥ずかしい(笑)! 亮太さんの2010年代ベスト・アルバムは?」

田中「僕、そういうの選ぶの苦手なんですよねー(汗)。うーん……いちばん多く聴いたのはフライトゥンド・ラビットの『Painting Of A Panic Attack』(2016年)だと思うけど……。というか、Pitchforkのベストは北米以外のロックを無視しすぎじゃないですか? それはともかく、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から」

 

1. Julien Baker “Tokyo”
Song Of The Week

天野「〈SOTW〉は、ジュリアン・ベイカーの“Tokyo”。メンフィス出身の人気シンガー・ソングライターですが、彼女についてはセカンド・アルバム『Turn Out The Lights』(2017年)についての大場正明さんによるコラム来日時のロング・インタヴュー記事があるので、Mikikiの読者には説明不要かもしれませんね」

田中「昨年はフィービー・ブリジャーズとルーシー・デイカスとのスーパー・バンド、ボーイ・ジーニアスでの活動も話題でした。あと最近では、田中の最愛のバンド、フライトゥンド・ラビットのフロントマンであり、2018年に自死を選んだスコット・ハッチソンのトリビュート企画『Tiny Changes: A Celebration Of The Midnight Organ Fight』にも参加していましたね。彼女がカヴァーした“The Modern Leaper”を聴いてもらえばわかるように、なんといってもベイカーの魅力はエモーショナルな歌声。苦しみや悲しみを絞るように吐き出すそのさまは、聴き手の魂に深~く刺さってくるんですよね(涙)」

天野「この“Tokyo”は前作以降、ソロとしては初の新曲。USの名門インディー・レーベル、サブ・ポップの〈Singles Club〉の一環として7インチ・シングルでリリースされました。即日完売したそうですが……。サウンド的にはイントロの浮遊感溢れるシンセサイザーが新鮮。いきなり引き込まれます」

田中「彼女特有のザラッとしたギター・サウンドは変わらずですが、この曲は鍵盤の旋律にも耳がいきますよね。すごくメランコリック。そして、リリックはいままでと同等、いやそれ以上に〈死〉への強迫観念を掘り下げたものになっています。以前より、交通事故で生死の境をさまよった経験が彼女の歌に翳りをもたらしていましたが、今回もかなり直接的にその事故と思われる体験が綴られていて。あと、最後の〈あなたは愛がほしい/あなたの近くにあるのだけれど/十分じゃない〉という歌詞は、ハッチソンに向けられたものなのかなって(涙)。ちなみに、〈Tokyo〉というタイトルがつけられている理由は、歌詞を読むかぎり、彼女を乗せた飛行機が東京に着陸するときに喚起されたイメージから作られた曲だからだと思われます!」

 

2. Liz Phair “Good Side”

天野「2位はリズ・フェアの“Good Side”。なんと10年ぶりのアルバムを2020年にリリース予定。これはそこからのシングルです。飾らない、自然体な帰還でいい感じ。それにしても、ジュリアン・ベイカーが1位、リズ・フェアが2位、という今週の並びはいいですね!」

田中「おっ、自画自賛。新旧女性SSWが並びましたね。彼女はフィオナ・アップルやエイミー・マンなどと並ぶ90年代を代表するSSWで、ローファイ/インディー・ロック界のスター。その後の女性ミュージシャンへの影響力は絶大ですし、後輩にあたるスネイル・メイルとの対談記事も話題になっていました。彼女がいなかったら、いまの女性SSWたちの表現もちがっていたのでは? デビュー作にして金字塔『Exile In Guyville』(93年)は、2018年にもリイシューされました」

天野「リズ・フェアといえば、性的に過激であけっぴろげな歌詞ですよね。〈あんたのフェラ女王になりたい〉という“Flower”のフレーズはあまりにも有名です。“Flower”ではほかにも〈あんたを犬みたいにファックしたい〉〈あんたをファックして、それからあんたの子分どももファックする〉なんて歌っています。まるで男性ラッパーの歌詞を反転させたかのようなリリックは、男女の関係性を逆転させていて、実にフェミニスト的! 逆に、男としてはおそろしい……」

田中「そうですね……。2017年にライアン・アダムスと新作を作っていたそうなんですが、セクハラの告発があったことで〈彼は信用ならない〉と語っています。そんな彼女のひさびさの新曲は、伝記『Horror Stories』を刊行したこともあってか、過去を振り返った歌詞。〈人生を台無しにする方法はいくらでもある/私はオリジナルであろうとしただけ/正しいことより数え切れないほど間違ったことをした/でもまだ罪人じゃない〉というイントロからぐっときますね。〈あなたのことは私の良い面に置いていくわ〉という前向きなサビも感動的。ローファイ・カントリーな趣とさりげないホーンなど、90年代ロック的な意匠も魅力的です。ヴェテランの復帰作ということでは、R.E.M.のヴォーカリスト、マイケル・スタイプのファースト・ソロ・シングル“Your Capricious Soul”も話題です。これもすばらしい曲なので、ぜひ聴いてください。オフィシャルサイトでの販売のみ、という発表方法も逆に新鮮。フリー・ダウンロードもあります!」

 

3. Pusha T & Nicholas Britell “Puppets (Succession Remix)”


天野「3位はキング・プッシュことプシャ・Tとニコラス・ブリテルのコラボレーション・シングル“Puppets (Succession Remix)”! う~ん、かっこいい。僕、いまのプシャってかなり脂が乗っているラッパーだと思います!!」

田中プシャ・Tはローリン・ヒルとの“Coming Home”を9月に紹介しました。米バージニア・ビーチ出身のラッパーで、クリプスでのデビューから20年。もう立派な中堅ですね。一方のニコラス・ブリテルは、映画音楽の作曲家として知られています。スティーヴ・マックイーン監督の傑作『それでも夜は明ける』(2013年)の劇中曲を手掛け、バリー・ジェンキンス監督の『ムーンライト』(2016年)と『ビール・ストリートの恋人たち』(2018年)でもブリテルの音楽は高い評価を受けました。アカデミー作曲賞に2度ノミネートされています」

天野「プシャはもちろんのこと、『ムーンライト』の音楽は大好きだったし、異色の組み合わせでびっくりしました。ブリテルは白人ですが、上で挙げられた映画はどれもアフリカ系アメリカ人の物語ですし、きっとプシャはそんなブリテルの姿勢や音楽に感銘を受けてコラボしたのかな。なんて考えていたら、実はこの曲、プシャがハマっているHBOドラマ『サクセッション』のテーマ・ソングのリミックスなんです(笑)

田中「そうだったんですね。不穏な響きのピアノや壮大で劇的なストリングス、クワイアがトラップ・ビートと絡まり合っていて、かっこいいです。〈家族、運命、ねたみ、嫉妬……〉と、プシャは現代社会を鋭く風刺したコメディ『サクセッション』からインスパイアされた言葉を連ねています」

 

4. Harry Styles “Lights Up”

天野「4位はハリー・スタイルズの“Lights Up”! 言うまでもなく、活動休止中のワン・ディレクションのメンバーです。俳優としてもクリストファー・ノーラン監督の映画『ダンケルク』(2017年)に出演していましたね! 個人的に1Dは大好きだったので、ようやく〈PSN〉でスタイルズを取り上げられてうれしい。さて、ここで亮太さんにクイズです。この“Lights Up”がリリースされたのは10月11日ですが、この日はある記念日なんです。なんの日でしょうか?」

田中「えーと……日本では台風前夜の金曜日で、東京ではホット・チップの来日公演が行われてましたけど、いったいなんだろう? うーん……わかりません(汗)!」

天野「答えは〈国際カミング・アウト・デー〉! 性的指向や性自認をカミングアウトした人々をお祝いする日なんです。スタイルズはバイセクシュアルではないかと噂されていますが、本人は明言していません。でも、ソロではそういったことを音楽で表現しているんです。コーラスの〈光を当てて君が誰かを知らせてやるんだ〉というラインなどから、この曲はLGBTQの人々の自己表現を後押しする曲と言われています」

田中「そうだったんですねー! そうした力強いメッセージが、軽やかなアコギのループと柔らかな響きのパーカッションが特徴の、メロウで爽やかなトラックに乗っているのもいいですね。今年を代表するポップソングのひとつだと思います!」

 

5. Internet Money feat. Lil Tecca & A Boogie Wit Da Hoodie “Somebody”

天野「5位はインターネット・マネーがリル・テッカとア・ブギー・ウィット・ダ・フーディをフィーチャーした“Somebody”。話題の一曲ですね」

田中「インターネット・マネーは仮想通貨のことではなく、タズ・テイラー(Taz Taylor)が創設したプロデューサー集団。YouTubeチャンネルやレーベル、プロデューサーの組合を兼ねたコレクティヴだというのも現代的ですね。88ライジングはレーベルの性格が強いですが、彼らにも近いかも。プロデューサーたちの互助会的な側面もあるようですが、テイラーがピンハネしているんじゃないか、みたいな疑惑も持ち上がったことがあるようです……

天野「金は天下の回りもの。なのに、渡る世間は鬼ばかり……。まさにインターネット・マネー? 冗談はともかく、ア・ブギーは米NYCの売れっ子ラッパー。ヒット・シングル“Look Back At It”などを収めたセカンド・アルバム『Hoodie SZN』(2018年)も話題になりました。日本でも知名度はいまいちなんですけど、注目しています!」

田中「リル・テッカも、ア・ブギーと同じNYCのラッパーです。5月にシングル“Ransom”をリリースしてヒット、一躍時の人となりました。8月にはデビュー・ミックステープ『We Love You Tecca』を発表して全米4位を記録。ノリにノってるラッパーですね。そんな新星2人が、気鋭プロデューサー・チームのビートの上でラップしているというのがこの曲。2人のラップはもちろん、ダークなピアノの響きに導かれるダウナーなトラップ・ビートにぜひ注目してもらいたいですね」