さまざまな経験を素直な歌心で表現してきたジェイムズ・ブラント。内面を見つめながら開放的に新境地を拓いた美しい新作の登場!

 「この『Once Upon A Mind』の楽曲は、いままで経験してきたこと、経験していることを表現しているんだ。僕の人生の経験について書いた楽曲という点で『Back To Bedlam』とはとても似ていると思う。それが僕の原点でもあるからね。今回はとてもパーソナルなアルバムだし、これを発表できてとても嬉しく思っているよ」。

JAMES BLUNT Once Upon A Mind Atlantic UK/ワーナー(2019)

 通算6枚目となるアルバム『Once Upon A Mind』について、当人はこのように説明する。UKを代表するシンガー・ソングライターのひとりとして、ギネス級のヒットを記録した“You're Beautiful”で知られるジェイムズ・ブラント。本人が語る『Back To Bedlam』(2004年)はまさにその不朽の名曲を生んだファースト・アルバムなわけだが、キャリア序盤に異常なピークが訪れたこともあり、以降の彼はずっとその時期の自分自身との比較を運命づけられてきた感もある。本国UKやUSを含む世界11か国でNo.1を獲得した“You're Beautiful”は、日本でもCMソングやTVドラマ挿入歌に使われるなど広く人気を獲得した。

 が、その甘いラヴソングはあまりにも流行しすぎた反動で軽く見られるようになる。セカンド・アルバム『All The Lost Souls』(2007年)が各国でNo.1を記録する〈普通の特大ヒット〉になって以降も、彼は定期的にシングル・ヒットを飛ばしつつ丁寧にアルバムを作り届けてきたのだが、どうやっても規模の面ではデビュー時には及ばず、〈一発屋〉的に見なされることも多々あったものだ(数の絶対視が支配的な現在とは違う基準があった頃の話だが……)。

 そんな状況下で本人も素直に創作に向き合いづらい時期もあったようだが、作品ごとのトライはどこか吹っ切れたかのように多様なもので、3作目『Some Kind Of Trouble』(2010年)ではグレッグ・カースティンやライアン・テダーら多くの才能とのコライトに取り組み、続く4作目の『Moon Landing』(2013年)でも多くのソングライターを迎えつつ、トータルな楽曲プロデュースには改めて1~2作目の立役者たるトム・ロスロックを迎えた。そして前作にあたる『The Afterlove』(2017年)ではエド・シーランとの初コラボも経験しつつ、幻想的なアンビエンスを湛えたエレクトロニック・サウンドにもアプローチし、 サウンドの空気感をモダンな方向にシフトしてみせていたものだ。なお、同じ2017年にはドイツのロビン・シュルツによる“OK”、2018年にはベルギーのロスト・フリークエンシーズによる“Melody”といったディープ・ハウス系の客演曲が欧州を中心に大ヒットしたことも忘れちゃいけない。今年もアレ・ファーベン“Walk Away”に客演していて、そうした意欲的な取り組みを経て届いたのが今回の新作『Once Upon A Mind』となるわけだ。

 オープニングの“The Truth”はまさに近年のコラボの成果を反映したようなディープ/トロピカル・ハウス系のダンス・トラック。この曲を含めて大半のプロデュースを手掛けたのは過去作でも組んできたスティーヴ・ロブソンで、近年の彼がオリー・マーズやテイク・ザットのブレーンだということを思えば、素朴さとスケール感の共存した今作のサウンドメイクにおいて誰が大きな役割を果たしたのかも容易に想像できるだろう。先行カットの“Cold”はフォーキーな歌い口から徐々にスケールを大きくしていく壮大で切実な求愛ソング。ロブソンとの楽曲では、これもポジティヴな勇ましさのある“Champion”や、翳りのあるシンプルで荘厳なバラード“How It Feels To Be Alive”あたりも聴きものに違いない。

 一方、父親への愛憎をエモーショナルに歌い上げる“Monsters”は、初期2作ぶりの参加となるジミー・ホガース(エイミー・ワインハウス、イジー・ビズ他)をプロデューサーに起用。さらにはカントリー&ウエスタン風味の“Halfway”を手掛けるTMS(クレイグ・デヴィッド、リトル・ミックス他)はフューチャー・ベース風味もあるリズミックなキラキラ系ポップ“5 Miles”も提供していて、これは主役にとっても新境地だろう。ともかく、「これまででいちばん正直なアルバムになっていると思う」との言葉が示すように、ナチュラルな音楽的チャレンジと率直なリリックが結び付いた本作は、またもビューティフルな姿で彼の魅力を伝えるはずだ。