リズムに縛られない弾き語りと正確なリズム感が必要なバンド録音

――続いて歌に関して訊きたいのですが、バンド・サウンドをバックにして自身の歌声をどうやって魅力的に響かせるか、そこにかなりこだわっただろうなという印象を受けました。何よりも楽器としての声がとてもいい具合に鳴り響いていますね。自己評価はいかがですか?

「ディレクターとも話していたんですが、言葉を伴ったひとつの楽器として見ようと。主人公を中心に配置するのではなく、それぞれが楽器として機能しつつ並列に並んでいるようにしたいね、って。ヴォーカルだけがバカでかくて、他がいるんだかどうだかわからないような曲があったりしますけど、その真逆を狙って作りました」

――じゃあミックスもそういうふうにこだわられて。

「ミックス・エンジニアさんにそう依頼した曲もありました。録り音を手がけてくれた方がミックスをやってくれたりもしたので、何を言わんとしているのか、どういうふうな風景を描き出そうとしているのかを理解してくれていましたし」

――パンクっぽい曲をやろうとしたら、どこかひとつだけ突出していては成立しないというか、やっぱり一体感が命ですからね。

「ラモーンズみたいに? ワン、ツー、スリー、フォー!が持つ意味(笑)。アレ、気合入れる掛け声ですもんね」

――で、今回のレコーディングにおいては、ああいう気合を必要としましたか?

「いや、どちらかというとフラットな状態で臨みましたね。僕、リズム感がないんですよ。リズム・ギターがとにかく苦手で、それを録るのが楽しくなかったです(笑)。ヴォーカル録りは超楽しかったんですけど」

――どうして苦手なんですかねぇ。

「下手なんですよ。上手くないのは、たぶん心の中で、あまり必要性を感じない、って考えがあるからだと思う。だから磨きをかける努力をしない(笑)。

音楽をやり始めたとき、7000円のガット・ギターを買ってビートルズなどをカヴァーしていたんですが、自分で曲を作って弾き語りをはじめるようになると、緩急や抑揚をつけるといったことがどんどん我流になっていった。福岡のライヴ喫茶〈照和〉で月2、3回ステージに立っていたんですが、リズムに縛られないことを目的としていて、そのスタイルがいまの礎になっている。

だからクリックに合わせてリズム・ギターを弾こうとすると、やべっ!ってなってしまう。どうしても無駄なことをやってしまうんですよ。ダダダダダダダダっていうストロークをたくさんやってしまう。そちらに慣れてしまったんで、正確かつ均等にリズムを刻むのがちょっと難しい。挙動不審な動きをしてしまう(笑)。

リズム・ギターも極めたらめっちゃ楽しいんでしょうけどね。ただ背伸びして自分にないものを求めても仕方がないので。まぁ、今回はいろいろとがんばりました。でもそれよりも、リード・ギターで遊んでいたほうがいいやっていう」

2014年作『長澤知之III』収録曲“いつものとこで待ってるわ(Binaural Live Recording at 月見ル君想フ 2014.7.29)”

 

コーラスはなるべく下手にしてください

――それと今回はコーラス・ワークに凝った曲が目立ちますね。

「コーラス・ワークはこだわりました。琴線をふるわせるものがあるんですよ。自分が聴いてきた音楽の影響も大きくて、ビートルズやサイモン&ガーファンクル、それに10㏄なんかもそうですけど、自分のなかにある素敵なものを掘り下げていったらそこにコーラスがあるっていうか、喜びを感じさせるものとして表現しました」

――“ムー”のゴスペルチックなコーラスなんて実におもしろい。

「アカペラとハンドクラップで始まるんですけど、参加してくださったシンガーの方々は皆さん歌が上手いんですね。でも、自分が小さい頃通っていた教会のことを思い出して、街の教会ですから、音痴の人が混じっていたりするんです。ああいう感じを出したいので、なるべく下手にしてください、とお願いして。そのほうが自分の知っている風景に近いものになるというか」

――確かに“ムー”の世界に、カッチリしたきれいなコーラスは似合わないですね。

「はい、生々しさと不気味さが伴うような世界には少し素人っぽさが合うような気がしまして」

――随所に登場するホーン・セクションもまた特徴となっていて。

「Calmeraさんが参加してくれました。ホーン・セクションを入れようということになったものの、どういった感じに仕上がるのか、ガラリと世界を変えちゃう可能性があるんじゃないか?って危惧して最後まで悩んだんですが、結果的にはかなり満足しています。ホーンが醸す妙な明るさがときに怖さを感じさせたり、あるいは能天気な感じを生み出したり、もっと言えば奇妙なポップさに繋がったりということがわかって、素敵だなぁと」

――長澤さんにとって、ホーン・セクションを大々的にフィーチャーしたアルバムで好きなものって何がありますか?

「そうだなぁ……スティングの『...Nothing Like The Sun』とか影響を受けていますね。“Englishman In New York”でのホーンの使い方はすごく素敵で。あちらのアーティストはわりとジャズが近い存在ですよね。でも日本はどうもちょっとお高く留まったイメージがあるというか(笑)。もっと庶民的な音楽であっていいんじゃないか?って。僕、ジャズもクラシックも造詣は深くないですけど、本来はもっと身近なものなんだろうな、って思いますね」

スティングの87年作『...Nothing Like The Sun』収録曲“Englishman In New York”。ブランフォード・マルサリスがソプラノ・サックスを吹いている