宇多田ヒカル、クロー……R&Bの要素を取り入れた自由な歌い回しに影響を受けた

――では、みなさんが最近よく聴いている音楽をそれぞれ教えてください。もしそれが新作に影響をなにかしら与えているのだとしたら、それは主にどのような点で?(不躾ながらまず私の感想をお伝えすると、全編の湿り気を感じさせる音像からスクール・オブ・セヴン・ベルズあたりのエレクトロニカを想起しつつ、たゆたうようなメロディーと、それを紡ぐウツモトさんの歌声からは、Spangle call Lilli lineと重なる叙情性を感じました。5曲目“chill”のビートからは、たしかにポスト・ダブステップ的な仄暗いビート・ミュージックの影響もうかがえます)

ウツモトカナ(ヴォーカル/ピアノ)クロー、宇多田ヒカル。今作においてこの二人のアーティストから影響を受けたのは、R&Bの要素を取り入れた自由な歌い回しです。いままではメロディーを作成したあとでそのメロディーの型に合った歌詞を付けていたのですが、今作では〈Ah〉や〈Hmm〉などの感嘆詞や歌詞のない自由なメロディーを組み込むことで、より自分のエモーショナルな気持ちを自分の声質に合った状態で表現できたと思います。

また、元々Spangle call Lilli lineや宇多田ヒカルなどの、歌を生かした音楽が好きな事もあり、ピアノと歌だけでも成り立つかどうかを考える事も多かったです。それが“whitelake”で、この曲はほとんど弾き語りの曲のように作り、そこにビートを乗せていったことで、結果的に他の5曲とはまた別の方向性が出せたように思います」

Gen「ブリアル、オウリ(Ouri)、クロー。ブリアルはビート音楽であっても何か風景を思わせるようなサウンドであるところや、ゲーム内の音をドラムとして用いているところに衝撃を受けました。今作が前作に比べて環境音を多用したり、ロー感やビートが強くなった要因の1つです。また、これまで曲を作る時は前提として視覚的なイメージに向かって音を重ねていく事が多かったので、リヴァーブやパッド系のシンセなどで音の響きを長くさせることを強く意識していましたが、今作ではブリアルやオウリなどの影響もあり、今までと比べると音を点として考えられるようになりました。

カナダのシンガー/プロデューサーであるオウリは、〈BOILER ROOM〉の配信で知りました。不揃いに思える音がどこか調和しているところやライヴ・パフォーマンスに惹かれて、9:en名義での自分のソロ活動でも参考にしています。クローは、主にsayonarablueのライヴ・セットを作る上でのアレンジや立ち位置、ヴォーカル・チョップを多用している点に影響を与えていると思います」

オウリの〈BOILER ROOM〉でのパフォーマンス映像
 

 
Genの別名義である9:enの2019年の楽曲“intro”
 

futami(ベース)「テーム・インパラ、ステラ・ドネリー、パソコン音楽クラブ、!!!、チャーリー・XCX。電子サウンドが混じったバンドやアーティストのベースの立ち位置をよく意識して聴いています。新作で言うと、“6dots”のベースはピッチ・シフターやシンセ・ベースのエフェクターを使って、エレキ・ベースでどこまでシンセ・ベース寄りのサウンドが表現できるかを試みています。今作から多用しているシンセ・ベースをまだ扱いきれてないので、今後はもっと演奏の幅が利かせられるように模索していきたいです」

川畑大輔(ドラム)「凛として時雨、BLACKPINK、ブリアル、ドーター。結成当初はドラム・セットを組んでいましたが、今作からのライヴ・セットではサンプリング・パッドを複数用いてスタンディング・ドラムで演奏しています。最近はBPM120~130のシンプルなビートの音楽を聴いて練習する事が多いです。sayonarablueでは、輪郭がはっきりしていない音や抜けていない音、環境音などがビートとして楽曲に合っていたりするので、その点も注意深く聴いています」

 

歌詞はトラックの持つ雰囲気とイメージできる情景や時間帯に合わせて

――今作のリリックはどのような意識のもとに書かれましたか? もし何かしらのテーマを設定されていたのでしたら、そちらも教えていただけたら嬉しいです。(個人的には、アブストラクトなイメージというか、情景/心理描写的な印象を受けました)

ウツモト「歌詞に関しては、基本的には私の経験に基づいて書き出していますので、わりと感情的な表現が多いかと思います。今作は特にヤマダくん(Gen)のトラックから得られるイメージが多かった為、かなり濃い内容の歌詞になったのではないかと思います。しかし、ただ感情的な表現をするのではなく、Genの作るトラックの雰囲気や温度感、イメージできる情景や時間帯に合わせて歌詞を書いています。

例えば“6dots”なら〈朝、目覚め〉というイメージがあったので、そういった時間帯を連想させる単語やそれに伴う私の経験を書きました。また楽曲のイメージに合わせて英詞と日本詞を使い分けているのもsayonarablueならではだと思いますので、そういった部分も楽しんで聴いていただきたいです」

――『feel a faint your mind』は、Genさんが渡米中に制作した楽曲を中心に構成されているとうかがいました。差し支えなければ、そのことについてお話いただけませんか? 滞在期間や渡米の目的、訪れた場所、そこでどんな刺激を受けて今回の楽曲制作にいたったのか、可能な範囲で教えてください。

Gen「2か月弱という短い期間でしたが、語学留学のためにシアトルに滞在していました。現地では自由な時間が多く、KEXPのラジオ・ステーションに毎日のように通ったり、パブで知り合った子とパーティーに行ったり好きに生活していました。

視覚的にはもちろん、考え方においても刺激は多く、現地の人からは自身の好きな物事への信念を感じました。勉強以外の部分でもインプットは多くあったので、そのアウトプットとして毎晩パソコンに向かっていたという感じです。渡米するまでは〈好きだから〉という理由だけで音楽をし続ける事の難しさを強く感じていましたが、〈音楽だけは好きなことを続けよう〉と強く思えました。日本に帰る時に、そこで作曲した10数曲は現地で出来た友達にプレゼントしましたね(笑)」

――sayonarablueと関わりの深い人物、キーパーソンがいれば教えてください。

ウツモト「エンジニアの井上峻さん。以前からお世話になっていた先輩ということもあり、本当に何でも意見が言える信頼のおけるエンジニアさんです。ただ、何でも言いすぎてしまうので迷惑を掛けている部分もあります……(レコーディング後にアレンジを変えたり構成を変えたり)。私たちは、実際にレコーディングしてからも構成やアレンジを修正する事がよくあるのですが、井上さんはその特性も理解してくれていますし、アレンジやコーラス・ワークでの提案もくれるので、もう1人メンバーが増えたような感覚にもなります。レコーディングもほぼ彼の家で行なっていて、毎度合宿のようなムードの中で制作を進めています」

Gen「映像作家の斎藤公太郎さん。斎藤さんとの出会いはわれわれが『chill ep』(2018年)を発表した際に、ミュージック・ビデオを製作したいとご連絡を頂いたのがきっかけです。そこからは僕と同い年ということもあり、映像だけじゃなく音楽自体についても相談できる関係になりました。

自分はあらかじめ描いた視覚的なイメージを、音楽としてアウトプットすることが多いのですが、彼はそんなsayonarablueの音楽への理解も深く、音使いや歌詞を把握して解釈した上で、映像としてアウトプットしてくれています。お互いに逆の方向から製作しているのでMVのギミックもおもしろく、“frostbite”では映像化することを前提に楽曲をどう構成するかまで話し合うこともありました」