果歩は新潟出身、20歳になったばかりのシンガーソングライターだ。本作は10代最後の空気感を切り取り、明日への淡い期待とちょっとの不安をのせた自身初の全国流通盤EP。アルバム・タイトルでもある〈備忘録〉の通り、東京で生活をし始めて、果歩自身のなかで生まれた感情や、過去の記憶と向き合うことができた際のゆるやかな温かさを書き留めた作品になっている。

二人の関係を旅路に見立て、離れていく苦しさと前に進もうとする僅かな勇気を静かに歌った“紀行日記”、一度離れてしまった二人の関係が、元に戻り始める様を言葉とリズムに乗せた”彼女たちの備忘録”、ワンルームの狭い空間にいる二人が壮大な世界を夢見る”法則のある部屋から”、海辺で夕日に包まれた不器用な二人が幸せを問い、幸せを歌う”テトラポットとオレンジ”、時間だけが過ぎ、次第に片想いになっていく二人をギター1本で歌い上げた”ぷりん”。果歩の音楽には、日常の中で見え隠れする〈幸せ〉と、それを受け入れきれない〈寂しさ〉が伴う。だが、”彼女たちの備忘録”で〈下らない愚痴ばっか言ってる奴には何も伝わらないままでいいから〉と歌うように、どこかその寂しさ自体も、毒を吐くことで自分を保とうとする〈強さ〉も感じ取れる。

今日、当たり前な関係も明日には変わってしまうかもしれない。そんな不安定な毎日を過ごすいまだからこそ、いまの自分が抱いている不安と幸せを記録しておくことで生きていると実感ができるのではないだろうか。息を吹けば消えてしまうような細い毎日で、下らない感情に振り回され〈平凡に生きるのは難しいよな〉と感じた時、それでも上を向き、歌を歌い、心から絞り出した彩りこそが、〈淡い淡い水彩画のような青〉なのだ。決してこの淡さは消えかかっているのではなく、今の果歩にしか表現できない淡い青であり、淡い愛なのである。この淡さを忘れることのないように。いや、忘れたとしてもまた思い出すことができるように。