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インコグニート『Tomorrow's New Dream』 新作を機に振り返るブルーイの洒脱な40年

インコグニート『Tomorrow's New Dream』 新作を機に振り返るブルーイの洒脱な40年

インコグニートとブルーイ、変わりゆく変わらない40年

 40年の長きに渡って活動を続け、ブリット・ファンクの局地的な盛り上がりや世界的なアシッド・ジャズの流行、UKクラブ・シーンの盛衰もくぐり抜けながら、逞しい存在感を示し続けているインコグニート。同じ時代を生き抜いて現在も活躍するブランニュー・ヘヴィーズと比べても、高品質な作品をコンスタントに届ける安定感には図抜けたものがある。そんなインコグニートを79年の結成から現在まで率いているのが、ギタリストのブルーイだ。〈匿名〉を意味するグループの名称さながらに多くなミュージシャンやシンガーが出入りする不定形のユニットではありつつ、彼のリーダーシップが一貫性のあるバンドとしてのインコグニートらしさを推進してきたのは確かだろう。

 57年生まれのブルーイことジャン・ポール・モーニックは、モーリシャス出身のフランス系英国人で、父親は詩人のエドゥアールJ・モーニック。もともとはロック志向でギターを弾きはじめたそうだが、ハービー・ハンコック『Head Hunters』を聴いてジャズやファンクに傾倒していったという。そんな彼は78年にロンドンでポール“タブス”ウィリアムズ(ベース)、ピーター・ハインズ(キーボード)らとライト・オブ・ザ・ワールド(以下LOTW)を結成するもデビューに前後して脱退。ジョン・ロッカ率いるフリーズへの加入と脱退を経て、タブスやハインズとインコグニートを結成し、80年に“Parisienne Girl”でデビューしている。

 この時期のニューウェイヴ・ジャズ・ファンクとも括られた界隈のバンドたちは人脈も横断しており、サイド・エフェクトのオーギー・ジョンソンらUS勢とも組んでLOTWが躍進する傍ら、その一部メンバーはベガー&カンパニーを始動し、ハインズが在籍するアトモスフィアもメジャー・デビュー、さらにフリーズは“Southern Freeez”(81年)で商業的に成功……と、そんな一群からインコグニートも最初のアルバム『Jazz Funk』(81年)を放つわけだが、当時の作風はインスト主導で、同時代のシャカタクにも通じるフュージョン色の濃いものだった。翌82年にはウォリアーズ名義で『Behind The Mask』を残すものの、ここで相棒タブスが別の道を行くことになり、ブルーイのバンド活動はひとまず休止状態となる。

 その後は就職して別の仕事をしながら、マキシ・プリーストやニア・ピープルズらの楽曲を裏方として手掛けていたブルーイに、大きな転機が訪れたのは90年だった。アシッド・ジャズがクラブ・リスナーの間でトレンドとなるなか、その流行の立役者たるジャイルズ・ピーターソンの新レーベル=トーキング・ラウドに迎えられ、インコグニート名義での再始動シングル“Can You Feel Me”を発表したのだ。ジャイルズがもともと彼らのファンだったことから契約に至ったようだが、時代の変化に応じてユニットの持ち味も様変わりした。結成メンバーのハインズも参加した10年ぶりのセカンド・アルバム『Inside Life』では70年代ソウル/ファンクを基調にハウスやブラジル音楽、アフロを導入したマスターズ・アット・ワークにも通じるエクレクティックな音作りに移行し、リンダ・ムリエル(ブランニュー・ヘヴィーズの初代ヴォーカリスト)を重用した力強いソウル・ナンバーを披露。なかでもジョセリン・ブラウンを招いた“Always There”(ロニー・ロウズ~サイド・エフェクトのカヴァー)は全英6位というコマーシャルな成功を収め、その人気は海外へも波及していくことになった。

 続く3作目『Tribes, Vibes + Scribes』(92年)からはスティーヴィー・ワンダーのカヴァー・ヒット“Don't You Worry 'Bout A Thing”が生まれ、そこでリード・シンガーに抜擢されたメイザ・リークのほか、リチャード・ブル(ギター)、グレアム・ハーヴィー(キーボード)らレギュラー的な演奏の布陣もこのあたりから整いはじめる。同年には早くも初来日公演が実現するが、クラブ・ミュージック的な進取の気性と70年代ソウル/ファンクの再評価が融和していた90年代ならではの空気も相まって、彼らは日本でも別格の支持を得る存在となった。そこからのブルーイはクレモンティーヌやジョージ・ベンソン、フィリップ・ベイリー、テリー・キャリアー、スリラーU、アナ・カラン、ブレンダ・ラッセルらの作品で裏方としても名を馳せていくのだが、そこにはMONDAY満ちるや横山輝一、小原明子、SHOWLEE、Jazztronikら日本のアクトも数多く含まれ、特に嶋野百恵とはコラボ作まで残すなど、現在に至るまでの親日家ぶりが往時から顕著であったことも忘れてはならない(昨年は古内東子に楽曲を提供)。

 トーキング・ラウドを離れ、自主レーベルに拠点を移した2002年以降もインコグニートとブルーイの歩むペースは変わらず。サウンド面では愛息のダニエル・モーニックやスキー・オークンフル(元ガリアーノ)、スチュアート・ゼンダー(元ジャミロクワイ)、リチャード・スペイヴンら、ヴォーカル面ではイマーニやトニー・モムレル、ジョイ・ローズ(元パーセプション)ら数十名もの多彩な才能が出入りし、アレンジの傾向は作品ごとに異なるものの、やっていることは本質的に『Inside Life』の頃からドラスティックに変化してきたわけではない。乱暴に言ってしまえば、微調整を加えた〈いつもの味〉が数十年に渡って展開されているだけとも言えるかもしれないが、根本的なツボを心得たセンスとスキルから生まれる楽曲とそれらを飽きさせない細やかな工夫が、インコグニート軍団の放つクールでスタイリッシュなグルーヴ・ミュージックを定番の味に磨き上げているのだ。

INCOGNITO Tomorrow's New Dream Bluey Music/SPACE SHOWER(2019)

 わざわざ〈ブラック・ミュージック〉〈エクレクティック〉といった言葉を仰々しく強調するのが流行ったり、ネオ・ソウルやシティー・ポップ、ブギー/ディスコ、アシッド・ジャズ・リヴァイヴァル、AOR再評価といったワードが雑に浮き沈みする昨今ながら、そういった時代の気分とインコグニートの前提として備えた折衷性やクロスオーヴァー感覚がたびたびリンクしてくるのも、この40年モノのブランドに輝きを与えてきた要因だろう。このたび届いたニュー・アルバム『Tomorrow's New Dream』をひとつの起点にして、改めてそこからどの時代の音源をどの順番で行き来しながら聴いていったとしても、その耳はタイムレスにしてモダンなグルーヴで心地良く満たされるはずだ。 *出嶌考次

 

インコグニート結成前後の関連盤を紹介。

 

ブルーイが制作に関与した作品を一部紹介。

 

ブルーイが制作に関わった近作を一部紹介。

 

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