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イギリスを代表するクラシックの作曲家として活躍する俊英、アンナ・メレディス。クラシック/現代音楽のフィールドで卓越した才能を発揮する一方、彼女は実験的なエレクトロニック・ミュージック作品をモシモシからリリースしている。そのイマジネーション豊かで挑戦的なサウンドは多方面で高い評価を受けており、特にデビュー・アルバム『Varmints』(2016年)は多くのリスナーに衝撃を与えた。

今シーズン注目の映画「エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ」の劇伴を担当したことも話題のメレディスが、このたびニュー・アルバム『FIBS』を発表した。すでに2019年を代表する傑作との呼び声も高い本作。これを入り口として、連載〈Next For Classic〉も好評なライターの八木皓平が、アンナ・メレディスのキャリアと唯一無二の作家性に深く切り込む。 *Mikiki編集部

ANNA MEREDITH FIBS Moshi Moshi/P-VINE(2019)

 

クラシック~現代音楽、シンセ・ポップ、エレクトロニカ……ジャンルを行き来する奇才

①クラシック~現代音楽の作曲家、②劇伴作家、③新作『FIBS』という3つのレイヤーを敷こうと思う。これらひとつひとつの要素について言及していくことで、アンナ・メレディスが持つ現代性と特異性が整理された形で浮かび上がってくることだろう。

クラシック~現代音楽からシンセ・ポップ、エレクトロニカ、バンド・サウンドと様々な音楽が入り乱れる彼女の音楽は、時にその構築性やダイナミズムを指してバトルス、突飛でどこかユーモラスなエレクトロニック・ミュージックである点を指してマックス・ツンドラが比較に挙げられるほどにヴァラエティー豊かだ。そんな自身の音楽について彼女は、アウトプットされたサウンドの種類は異なっていたとしても作曲過程は同様で、すべては同じスペクトルの中から産み出されているという旨のことを、インタヴューで述べている。

ただ、その言葉をそのまま受け取ってしまっては、彼女の音楽の魅力や輝かしくも多彩なキャリアについてクリアに理解することは難しいから、上記のような3つの分節化が必要と考える。アンナ・カルヴィやジーズ・ニュー・ピューリタンズ、ジェイムズ・ブレイクなどのサポート・アクトとしても起用された彼女の音楽は、一筋縄ではいかない。まずは現代音楽家としての彼女に迫ってゆこう。

 

① クラシック~現代音楽の作曲家としてのアンナ・メレディス

120年以上の歴史を誇る世界最大級のクラシック音楽の祭典〈BBC Proms〉が、毎年イギリスはロンドンで8週間開催されている。今年は〈BBC Proms JAPAN〉としてはじめて日本にも上陸したこの一大イヴェントの初夜(First Night)と最終夜(Last Night)、両方のコンサートを歴史上はじめて担当した女性作曲家がアンナ・メレディスだ。クラシック~現代音楽の世界は未だに男性優位の社会であることがしばしば批判されているが、そんな状況でのこの達成はじつに画期的な出来事だった。

アンナ・メレディスの〈BBC Proms〉での2018年のパフォーマンス映像

ほかにも彼女はBBCスコティッシュ・シンフォニー・オーケストラのコンポーザー・イン・レジデンス(作曲家とオーケストラが期間契約を結んで新作の制作などをおこなう制度)への就任、プラダのビデオ・キャンペーンへの楽曲提供、スコティッシュ・アンサンブルとコラボレーションしてヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲「四季」を、エレクトロニクスの要素を混ぜながら大胆にリアレンジした『Anno』のリリース(同作は今年、横浜赤レンガ倉庫で日本初演となった)など、様々な業績を残している。

2018年作『Anno』収録曲“Spring - Stoop”

それらの仕事やこの後に紹介する劇伴、ソロ・ワークスのどれもが高く評価された結果、2019年には大英帝国勲章を受章することが決定した。こういった経歴から、彼女が極めて本格的なクラシック~現代音楽の作曲家であることがわかるだろう。

 

② 劇伴作家としてのアンナ・メレディス

アンナ・メレディスがはじめて劇伴を担当した作品が話題の映画「エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ」だ。本作が全米公開されたのは2018年で(日本公開は2019年)、その年最も話題となった映画のひとつとなった。その盛り上がりの詳細については公式サイトやウィキペディアをはじめと様々なメディアに譲るとして、ここではアンナ・メレディスの劇伴についてのみ触れることにする。

「エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ」予告編

劇伴には彼女のソロ・デビューEP『Black Prince Fury』(2012年)やファースト・フル・アルバム『Vermits』(2016年)の収録曲も使用されているものの、劇伴の傾向はどこか可愛らしい音色とリズムの妙で聴かせるミニマルなエレクトロニック・ミュージックだ。このような劇伴になったのはおそらく、ヒロインのケイラがミドル・スクールのエイス・グレード=8回生(だいたい13歳)ということを意識してのことだろう。

その使われ方も特徴的で、劇伴というのは基本的に劇中の心的描写や状況描写、ムードの演出などと連動するように使われるが、同作でのそれは、シーンの持つアンビエンスとサウンドのイメージが不一致になり亀裂が入るような、どうにも奇妙な使われ方をしている場面がしばしばあり、そこが興味深かった。むろん、静的な場面で動的な劇伴が用いられるというようなことはしばしばおこなわれているが、本作における劇伴はそういったものとはまた違ったひねくれ方をしているような感じがしてじつにユニークだ。

2018年作『Eighth Grade (Original Motion Picture Soundtrack)』収録曲“Being Yourself”

アンナ・メレディスはヒロインの感情の機微と連動したようなサウンドを作ろうとしていたと述べており、思春期特有のオブスキュアな感情を描写していたのかもしれない。そのせいか物語の節々でどこか居心地の悪い奇妙な情感が生まれており、安易に肯定も否定もできない違和感が漂う瞬間があった。ここにはおそらく監督ボー・バーナムの意向も反映されているのだろうから(本作は彼にとってのデビュー作だ)、彼らが再びタッグを組むことを期待したいところだ。

また、映画の劇伴だけではなく、Netflixドラマ「僕と生きる人生」にも楽曲を提供している彼女は、「ダーク」のベン・フロストや「チェルノブイリ」のヒドゥル・グドナドッティルといった非劇伴作家によるTVドラマ劇伴への進出の潮流(これは昨今の映画でも顕著だが)の一端を担っていることも覚えておきたい。

「僕と生きる人生」予告編