ウィ・バンジョー・スリー
 

Mikikiでも先日特集記事を掲載したケルト音楽のフェスティヴァル〈ケルティック・クリスマス 2019〉。いよいよ11月30日(土)より開催される同イヴェントに出演する4人組、ウィ・バンジョー・スリーは12月4日(水)に大阪・梅田CLUB QUATTRO、12月5日(木)に東京・渋谷CLUB QUATTROの2か所で単独公演も予定されている。ここでは、音楽批評家の柳樂光隆が、ウィ・バンジョー・スリーのほかパンチ・ブラザーズなどいま魅力的なサウンドを鳴らしているブルーグラス界隈のアーティストと、そのサウンドの音楽的な面白さを解説したコラムを掲載する。 *Mikiki編集部

 


ハイブリッドな音楽を作る手法がいちいち現代的なパンチ・ブラザーズ

2010年代の音楽シーンを振り返ったときにパンチ・ブラザーズを知ったことはかなり大きなことだった。ブルーグラスのシーンからオルタナティヴな才能が出てきていて、面白くなっているという話は高橋健太郎さんが書いていたのを読んで知ってはいたし、それ以前にもジャズ・ミュージシャンと共演する異色のバンジョー奏者がいたりもしたわけで、決して縁がないわけではなかった。ただ、そんなに身近な話と言う感じがしなかったから、踏み込めずにいた。

それがパンチ・ブラザーズの登場により一変してしまった。クリス・シーリ(マンドリン/ヴォーカル)らによりアメリカで結成され、NYを拠点に活動しているこの5人組は、マンドリン、ギター、バンジョー、ダブル・ベース、ヴァイオリンと言う編成のバンドだ。彼らの特徴は、ブルーグラスを中心にしながらも、そこに様々なサウンドが入り混じっていること。例えば、ロックやジャズは言うまでもないが、一言にロックとはいっても、レディオヘッドやウィルコ、エリオット・スミスなどが視野に入る。ジャズに関しても同様で、そこにはブラッド・メルドー以降の現代ジャズも入ってくる。かと思えば、クラシックも入っていて、バッハにドビュッシーなどなど、それらの取り入れ方も上記のようなインディー・ロックや現代ジャズがクラシックを融合させる際の作法に近く、つまりざっくり言うと、そういったハイブリッドな音楽を作る手法がいちいち現代的だということだろうか。

パンチ・ブラザーズの2018年作『All Ashore』収録曲“Jumbo”
 

そんな彼らは個々のメンバーも引っ張りだこで、クリス・シーリは現代ジャズ最重要ピアニストのブラッド・メルドーとコラボレーションしていたり、クリス・エルドリッジ(ギター)は現在のジャズ・シーンの最先端を突き進む奇才ギタリストのジュリアン・ラージとのデュオ・プロジェクトを続けている。バンジョー奏者のノーム・ピケルニーはリアノン・ギデンスやサラ・ワトキンスといったアーティストに起用されていたり、それぞれが大活躍していて、今ではパンチ・ブラザーズのことが、もともと結成されていたバンドではなく、オールスター・バンドのように見えている人も多いだろう。

彼らの最大の特徴はすべての楽器がそれぞれ音色も音域も微妙に異なってはいるが、同じ弦楽器であることだ。しかも、割と近い形状をしている弦楽器が並んでいる。これらだけで、エレクトリックな楽器もエフェクターも使わずに、彼らは現代的な楽曲を演奏する。それは弦をはじいたり、こすったりするという非常にシンプルな行為をできる限り繊細かつ大胆にコントロールし、その楽器が持つポテンシャルや特性を最大限に活かしながら演奏する行為でもある。そして、それぞれの楽器が鳴らすことができる単音と、ダブル・ベースとヴァイオリンだからこそ鳴らすことができる持続音を組み合わせ、弦楽器のみのアンサンブルを生み出す。弦楽器ではあるが、いわゆるストリングスとは全く異なるものであり、ホーン・セクションもいなければ、なによりも鍵盤がいない。和音を簡単に奏でることができる実に機能的な楽器でもある鍵盤がないことは、ジャズやクラシック的な要素を取り入れる際には難易度を上げてしまうが、そこを彼らは演奏力とその作編曲でカヴァーし、豊かなハーモニーを奏でる。

またパンチ・ブラザーズにはドラムもパーカッションもいない。打楽器抜きの編成と言うのも、ジャズやロックのサウンドを取り入れるにはハードルが高いが、その点でも個々の弦楽器の演奏をリズミックにし、弦楽器の組み合わせだけで変拍子でも何でもさらっと演奏してしまう。ドラムの不在は感じさせず、ドラムの不在の必然が鳴っているとさえ言える。そういった我々がよく聴くような〈バンド〉とは少し違うのもこういった音楽の魅力だ。

2015年の〈Tiny Desk Concert〉でのパフォーマンス映像

 

グリーンスカイ・ブルーグラス、スナーキー・パピーのマイケル・リーグによるボカンテ

実はパンチ・ブラザーズだけでなく、今、そんなブルーグラス編成のバンドが注目される機会が増えている。2018年の〈フジロック〉に出演したグリーンスカイ・ブルーグラスはバンジョー、マンドリン、ドブロ、アコースティック・ギター、アップライト・ベースという編成のブルーグラスのバンドだ。彼らもまたドラムも鍵盤もいない編成だが、パワフルな即興演奏の絡み合いと強烈なグルーヴで、アメリカでは様々なロック・フェスなどで演奏して、人気を博している。アレンジや演奏はロック的なベクトルに振ったもので、それぞれのプレイヤーの足元にずらっと並んだエフェクターやペダルを駆使した大音量且つ歪んだ音像のサウンドでダイナミックかつテクニカルな演奏の応酬を披露し、それこそグレイトフル・デッドやフィッシュなどに連なるジャム・バンド的な文脈でも評価できるものになっている。

グリーンスカイ・ブルーグラスの2018年のライヴ映像。最新アルバム『All For Money』のレヴューはこちら
 

ブルーグラスではないが、少し触れておきたいのが、スナーキー・パピーのリーダーのマイケル・リーグがやっているプロジェクトのボカンテだ。3本のギターと、ラップ・スティール・ギター、ベース、そして3人のパーカッションにヴォーカリストと言う編成で、時折、3本のギターのひとつがモロッコの弦楽器のギンブリに変わったりするというこれまた個性的な編成のバンドだ。5本の弦楽器と3つのパーカッションによる複雑なサウンドからは、弦楽器だからこそできるアンサンブルの可能性を探っているようにも見える。ジャズやロックやR&Bだけでなく、カリブ音楽やモロッコ音楽、アフリカ音楽などが混じっているハイブリッドなサウンドでブルーグラスとは遠いが、パンチ・ブラザーズ以降の耳だと、アンサンブルの在り方に関してかなり新鮮に聴けるはずだ。

小川慶太もメンバーであるボカンテの2017年作『Strange Circles』収録曲“Limyè”のライヴ映像