(左から)フローティング・ポインツ、agraph

DJ、プロデューサー、作曲家、はたまたレーベル〈メロディーズ・インターナショナル〉のオーナーとして、多方面での活躍を通じ、ジェイミーXXやフォー・テット、カリブーらと並び評されるマンチェスター出身、ロンドン在住のフローティング・ポインツことサム・シェパード。エレクトロニック・ミュージックを基調に、ジャズやブラジル音楽、クラシック、現代音楽、ポストロックに至るまで、広範な音楽を横断した2015年のデビュー・アルバム『Elaenia』から4年ぶりとなる新作『Crush』は、独自のクロスオーヴァー感覚や細密なプロダクションはそのままに、彼の根源的な初期衝動性が際立った作品だ。

そんな2019年屈指のアルバムを、2010年代の日本のエレクトロニック・ミュージック・シーンを切り開いてきた電子音楽家のagraphこと牛尾憲輔に聴いてもらった。2019年公開の映画「麻雀放浪記2020」や2020年公開のオリジナル・アニメーション映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」、Netflixオリジナル・アニメ「日本沈没2020」のサウンドトラックを手がけ、ナカコーら擁する4人組バンド、LAMAの一員としても活動するなど、サム・シェパード同様、多角的な表現を指向する彼は、この重層的な作品をどう捉えているのか。同じプロデューサーの視点から、その作品世界を紐解いてもらった。

FLOATING POINTS 『Crush』 BEAT/Ninja Tune(2019)

 

あえて〈弾かない〉という美学

――牛尾くんがフローティング・ポインツを知ったのは?

「2015年のアルバム『Elaenia』のリリース・タイミングですね。それ以前の、彼がダンス・トラックをリリースしていた時期、僕はテクノより(トリスタン・)ミュライユやジョン・ケージのような現代音楽、ダンス・トラックよりカールステン・ニコライのような電子音楽に興味が向かっていたので、名前をよく目にしていた程度の認識だったんですけど、『Elaenia』がようやくリリースされるファースト・アルバムということで、自分のなかでその存在を意識するようになりました」

――『Elaenia』はどう聴かれましたか?

「クォリティーが高いアルバムだと思ったんですけど、『Elaenia』におけるジャズの側面は、自分のフィールドから少し外れているというか、ジャズとエレクトロニック、バンドと電子音のクロスオーヴァーということになると、サイケデリックな方向に向かうことが多いと思うんですよ」

――その代表例がエレクトリック・マイルスや70年代のハービー・ハンコックですよね。

「バンドでツアーを回っているときのフローティング・ポインツはまさにそんな感じで、演奏の比重が高かったこともあって、個人的には、当初あまりピンとこなかったんです」

2015年のライヴ映像

――サイケデリックな方向性ではないですけど、牛尾くんも生楽器と電子音が共存するバンド、LAMAで活動されています。

「そうですね。LAMAで自分も演奏しているからこそ、いかに弾かないか、演奏しないかを重視しているんです。演奏は楽しいので、足し算の発想で弾こうと思ったら、どこまででもカオティックになっていく。でも、そうせずにエッセンシャルなものだけを残して、引き算の発想で音を削ぎ落としていくことで、その人のセンスが露わになる。セッションにおける〈弾かない〉という判断や休符、動きのあるメロディーやドラマティックなメロディーに〈傾倒しすぎない〉という経験則はなかなか得がたいものだと思うんです。

フローティング・ポインツの新作は、弦楽器、管楽器も鳴らしていて、メロディーも弾いているにもかかわらずここ数年続けてきたバンド・セットの経験を踏まえて、その感覚が研ぎ澄まされているんだと思います。サイケデリックでプログレッシヴという暑苦しいものにならず、バランスが取れているところがすごいなと思いましたね」

――先行シングル“LesAlpx”で打ち出したストレートなダンス・ミュージックはあくまで一側面であって、アルバムも多面的な内容になっていますもんね。

「そうなんですよね。先行シングルからガチガチのダンス・アルバムを期待していたら、オープニング・ナンバーの“Falaise”からして、いきなりストリングスから始まるし、そのままクラブでプレイできるサウンドが全編を支配しているわけではなかった。だから、この人はバランス感覚に長けているというか、やっぱりプロデュース能力が高い人なんでしょうね」

『Crush』収録曲“”LesAlpx”“Falaise”

 

ポスト・クラシカルとクラシックを採り入れた電子音楽は似て非なる存在

――今回、限定盤のLPには収録曲のピアノ譜が付いているんですけど、そのことからもこの作品はコンポジションに特化した作品でもあるのかな、と。

「そこは全然意識していなかった(笑)」

――制作のプロセスとしては、まず、ピアノで練った曲のアイデアを紙のスコアに書いて、さらにそれを記譜ソフトの〈シベリウス〉を使って、譜面に起こしたということです。

「仰るとおりシベリウスは楽譜を書くためのソフトですから、きっちり起こした譜面を演奏して、それを作品の素材にしたんですね。ダフト・パンクの『Random Access Memories』(2013年)がそうであったように、サンプリングで取り込む元の素材を自分で作ってしまったということ。取り込み方のレヴェルが高いというか、そういう高い技量をフローティング・ポインツは持っているんですね」

――このアルバムでは、特に弦楽器をどのように扱うかが一つのテーマになっているように感じます。

「ですよね。しかも、ただ、ストリングスを加えているだけじゃなく、アナログ・シンセサイザーでプロセッシングしていたり、生音だと存在感が強くて、生半可なシンセだと負けてしまうストリングスに厚く煌びやかなサウンドが特徴的のYAMAHA CS70の音色を重ねているところも機材の特性をよくわかっているというか、おもしろいなと思いましたね。

『Crush』収録曲“Requiem For CS70 and Strings”

先日対談したOPN(ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー)も言ってたんですけど、生の音とシンセサイザーのミクスチャー、そのバランスを取った表現は今の時代ならではのチャレンジングな試みなんじゃないでしょうか。

翻って自分のことを考えてみると、僕も近年の作品ではピアノや環境音、フィールドレコーディングの素材を使ったりしていて、フローティング・ポインツのやっていることは身体的なレヴェルで共感できるかもしれません」

――そのストリングスのアレンジメントからはクラシックや現代音楽の影響がうかがえますが、共通するバックグラウンドをもつ牛尾くんはそこからどんなことを読み取りますか?

「僕が受けた古典音楽の教育は、フローティング・ポインツほど厳格なものではないんですけど、ベースにあるのはダンス・ミュージックや電子音楽で、そこにクラシックや現代音楽だったり、いろんなアプローチを取り入れているところに親近感がありますね」

――ポスト・クラシカルの発想とは違う?

「そうですね。ポスト・クラシカルと呼ばれる音楽は、僕が理解している限りでは、テクノ、クリック、エレクトロニカを通過した後、同じ手法でクラシカルな楽器を扱った音楽という捉え方をしているんです。つまり、クラシックをベースにした表現である。例えば、ニルス・フラームが4つ打ちのリズムを用いた曲も、クラシカルなものをベースにして、エレクトロニカなりIDMなりを経由した感覚を取り込んだ曲であって、あれがダンス・トラックかというとそうじゃないと思うんですよ。

それに対して、僕は劇伴仕事でポスト・クラシカルっぽい曲を作ったりもするんですけど、それはあくまで〈ぽい曲〉であって、自分のベースはあくまで電子音楽なんです。フローティング・ポインツも同じく、そのベースになっているのは衝動的なダンス・ミュージックや電子音楽なんじゃないかなと思います。そこに異物をコラージュするように、弦を用いたり、シンセサイザーのオシレーターを弦に置き換えたりしている。だから、結果的に出てくるものはクラシックに似ていても、根っこは違う気がします」

agraphの2016年作『the shader』収録曲“greyscale”