「男の歌に女性的なヴィジョンを加えて歌いました」

 かつて〈サン=ジェルマン=デ=プレのミューズ〉と呼ばれた女性シャンソン歌手が昨年、1枚のアルバムをリリースした。『ジュリエット・グレコ ジャック・ブレルを歌う』。シャンソンのシンガー・ソングライターとして、1950年代から70年代にかけてジョルジュ・ブラッサンス、レオ・フェレとともに時代をリードして活躍したのがジャック・ブレルだ。そして、ブレルはグレコの長年の友人でもあった。

JULIETTE GRÉCO 『Gréco Chante Brel』 Grammophon/RESPECT(2013)

 グレコは想い出をたぐり寄せるように言った。「ブレルは人生の重たく、大切なことを彼のシャンソンのテーマとして取り扱いました。死、お金、愛……。彼が語ったすべての事柄は真実です。真実には残酷さが伴います」

 ブレルには“アムステルダム”のように男臭く、骨っぽいシャンソンが多い。グレコはあえてその曲に取り組んだ。でも、どうやって? 「少しだけ歌詞を変えて、女性的なヴィジョンを加えて歌いました。“老夫婦”は男女どちらも歌えますね。胸を刺すような、悲惨な死の表現です」

 ブレルの歌う“行かないで”は、常にグレコを憤慨させたそうだ。去って行く女性に向かって懇願するような歌い方が気に入らなかったという。エディット・ピアフもまた、「男が自尊心をかなぐり捨てるような歌を歌うべきじゃない」と批判したと言われている。が、ピアフはこのシャンソンに手を染めていない。グレコはこのアルバムできっぱりと、激しい勢いで歌うという答を出した。友人ブレルに対して正面切って異なる意見を述べる。こういう友情の示し方もあっていい。

 歌詞をとことん吟味し、自分のエモーションをまとわせ、声を通じて伝える。それが彼女のアンテルプレタシオン interprétation だ。それは1曲の歌の解釈であり、演唱をも意味する。

 ピアニストのジェラール・ジュアネスト、アレンジャーのフランソワ・ローベールがブレルの協力者だった。いまも元気なのは、グレコの夫で伴奏者でもあるジュアネストだけになってしまった。

 しかし、ローベールには才能あふれる後継者がいた。本アルバムのアレンジで斬新さを前面に押し出しているブリュノ・フォンテーヌだ。彼はローベールの生徒のひとりだった。「彼らの個性はまったく違うけれど、時々似たような音色を感じるわね」

 ラストに収められた“懐かしき恋人たちの歌”のアレンジは、女性チェロ奏者とグレコのヴォーカルだけ。「二人並んで顔を見合わせながら彼女はチェロ、私は声で互いに語り合ったのよ」。ブレルの魂と響き合う、精妙な出来栄えのシャンソンだ。