photo by Muga Miyahara

 

 二世ミュージシャンは沢山いる。だが、このカレン・マントラーは親の持つ才能ということにかけてはかなり上位に位置するのではないか。お母さんはジャズ界の最たる才女と言えるだろう、作編曲家/ピアニストのカーラ・ブレイ。そして、お父さんはカーラの前の旦那である、オーストリアトランペッターマイケル・マントラー。彼は知性と野生が綱引きする越境ジャズの才人で、マントラーとカーラは1974年に自らのレーベル“ワット”を設立。ECMが発売を請け負う同レーベルは今も続き、50作近いアルバムを世に出している。

 1966年生まれのカレンは1970年代初頭から母親の作品にゲスト入りしており、バークリー音楽院を経て、1988年にワットから『My Cat Arnold』でアルバム・デビュー。これまで彼女は4作品を発表、最後に出したアルバム『Pet Project』(2000年)はヴァージン・クラシックスからのリリースだった。また、彼女はロバート・ワイアットデイヴィッド・バーンらのアルバムに客演し、ワットでデザイナーとしての腕も奮っている。

KAREN MANTLER Business Is Bad XtraWATT(2014)

 そんな彼女が14年ぶりに自己作『Business is Bad』をワットから発表する。それは、なんとトリオによるもの。歌とピアノの本人に加え、大友良英グラウンド・ゼロなどの活動を経て1992年以降NYで活動しているエレクトリック・ベースの加藤英樹(彼はカレンの前作にも関与)とギターやベース・クラリネットを担当するダグ・ウィセルマンルー・リードからチボ・マットまで、リード奏者として様々な人に助力。アントニー&ザ・ジョンソンズはメンバー扱い)の二人がじっくり参加。全曲カレン作、ドラムレスのもと抑制の利いた世界が開かれる。

 演奏部に気を配りつつ、すべてヴォーカル・ナンバー。ヘタウマ的風情を持っていたカレンの歌は、そのノリを残しつつ、ずっと地に足をつけた印象を与える。それは、表現の奥に入り込むような含蓄深いメロディ作りとも関係があるだろう。それから、彼女は過去作で少しハーモニカを吹いていたが、ここでも披露しており、その味の良いこと。ちょいトゥーツ・シールマンスみたいな黄昏れたその演奏は、表現に滋味を与えている。

 アルバム表題は辛辣だが、日常のデコボコを諧謔とともに飄々と綴るような曲が並ぶ。刺や狂気も知っている個体ならではの何かが広がる、“漂う”諦観ポップ・ミュージック……。カレンのアルバムを1枚あげるとしたら? その問いに、ぼくはこの新作を出すことに躊躇はない。とともに、ジャズとポップの間にある美意識に富む大人の音楽として、これはかなりいい感じの仕上がりとなっているはずだ。