写真提供/COTTON CLUB 撮影/米田泰久

ハーシュ・サウンドのヒミツ

 新譜『Floating』の発売を間近に控えたフレッド・ハーシュ・トリオの来日公演を丸の内コットンクラブで聴いた。 昨年のピアノ・ソロでの来日公演は連日満員だったと聞く。コットンクラブは、最高の音を楽しめるジャズクラブだ。特にステージ上に鎮座するスタインウエイのコンサート・グランドの響きは素晴らしく、またステージからこぼれ落ちる生の音とPAスピーカー音の混ざり具合がうまくいったときのサウンドは、呑んだり食ったりするのがためらわれるほど(失礼!)の美しさだ。昨年、ピアノソロを披露したコットンクラブでの演奏は今回二度目となるハーシュは、どんなサウンドをイメージしていたのか、とても楽しみだった。

 「ステージ上にモニターをおかず、生の音でお互いの音を聴きながら演奏するよ。まるで室内楽のようにね」と演奏前の取材で語っていたが、演奏が始まって小さすぎず大きすぎない響きが客席に届いたとき、思わず息を呑んでしまった、ギネスと一緒に。セットリストは、以前リリースされた『Alive At The Vanguard』に今回の新譜の楽曲を混ぜ込んで、耳懐かしい楽曲と新鮮な響きが交互に楽しめる構成だった。最後のアンコールはピアノ・ソロだったが、『Plays Jobim』から、“Olha Maria”を演奏してしめくくった。まるでジョビンの声がよみがえったかのように暖かく、静かにピアノを響かせた。

FRED HERSCH TRIO 『Floating』 Palmetto/キングインターナショナル(2014)

 ピアノにどんなこだわりがあるのだろうか。スタジオでのレコーディングを聴くといつも安定したスタインウエイの素晴らしいサウンドとハーシュのタッチが楽しめる。確かにNYのスタジオにはピアノ技師がモンスターと呼ぶ、オールド・スタインウエイの逸品がいくつか存在するのだが。

 「スタジオは、Oktaven Audio。私自身もいいスタインウエイを持っているけど、そこのスタインウエイを気に入っていてね。調律はキース・ジャレットも担当しているクリス・ソリデイだよ。コットンクラブの環境にはとても満足しているよ。しかし、最近のジャズ・ミュージシャンは生演奏を勘違いしているね。ステージにモニタースピーカーを並べて、演奏者同士お互いの距離や響きを身体で受け取ろうとしない。こうしたいくつかの判断の差が結局、自分のタッチやバンドの響きの違いとなって現れるんだけれどね」。スピーカーの音がそのまま楽器の音、タッチを伝えられているなんてことは、理論的にはあり得ないことだ。

フレッド・ハーシュ・トリオの2014年のライヴ映像

 今回、新作をざーっと聴いていてどういうわけか、キース・ジャレットの『Somewhere Before』、あの頃のトリオ、チャーリー・ヘイデン、ポール・モチアンのトリオの雰囲気や『At The Deer Head Inn』の感じを思い出した。おそらくはポール・モチアンのグルーブ、キースのラグタイム風のオリジナルなど、いくつかあたらずとも遠からずの散漫な印象だが、新作は確かにそんな雰囲気だと感じた。

 「それは悪くない印象だね! ポールとは生前、ヴァンガードで演奏したよ。もちろん敬愛するドラマーの一人だ。ただレコーディングする機会はなかったけれど。彼のドラムは特別だ。キースのライヴ盤『At The Deer ~』は、調律師のクリスが経営するクラブでの演奏だけど、私も何度もあのクラブで演奏したよ。ラグというか、私は左手の使い方に私自身独特のアプローチがあると思っていて、そういう意味でもストライド・ピアノスタイルの曲や、演奏は大切だし大好きなんだ。バンド・メンバーの二人は素晴らしい演奏家だし、それぞれ独自のスタイルの持ち主だから、このアルバムでは、このバンド固有の響きを楽しんでほしいけれど」

 ハーシュ自身は、70年代のニューヨークでジャズを身につけた。今やハーシュは、フォーム、サウンド、演奏、アプローチ、作曲などなど、あらゆるレベルで彼自身の音楽を造り上げたわけだが、今のジャズについてどう感じているのだろう。

 「いまの若者は、キースやパット・メセニーがジャズを造ったとおもっているようだ。もっと深く勉強して欲しい。譜面やCDを聴いたりするだけじゃなくて、演奏の現場で先輩たちから学ぶ姿勢を忘れないでほしい。私自身もいろんなスタイルのミュージシャンから直接、アドヴァイスしてもらった。様々なプレッシャーがあると思うけれど、新しいフレーズがひらめいたかどうかなんて気にしないで、小さな進歩を信じて演奏し続けることが一番だと、私も巨匠スタン・ゲッツから教わったよ」

 きっといつか新しいことに出会えるはずだから演奏し続けるという態度こそが、ジャズというユートピアを支えているのだろうか。出会えないかも知れない諦念に追いかけられながら。Floating、なかなか意味深なタイトルである。