スティールパンをお茶の間感覚で

 2008年に結成されたスティールパン・バンド、WAIWAI STEEL BANDのデビュー作『TIME FOR PAN』が素晴らしい。本場トリニダード・トバゴの熱狂を受け継いだ曲もあるものの、軸となるのは日本の日常にもすんなり溶け込むような優しさと穏やかさ。これぞ日本のスティールパン・バンド、そんな感じの作品である。

WAIWAI STEEL BAND TIME FOR PAN Playwright(2014)

 中心メンバーの伊澤陽一が初めてスティールパンと出会ったのは中学2年生のとき。トリニダードの名門パン・バンド、レネゲイズのコンサートに行き、「涙が止まらなくなるぐらい感動した」という。そんな彼が初めてトリニダードの地を訪れたのは、日本のパン・バンド、PANORAMA STEEL ORCHESTRAへの参加を経た2007年のことだった。

 「向こうにはパン・ヤードっていうスティールパンの練習場があるんですけど、そこでみんなといろんなことを話しながら、2か月間同じ曲を毎日練習するんですよ。その時間ってすごく豊かな時間だなと思いましたね。そこにはプレイヤー以外の人も気楽に酒を呑みに来るし、トリニダードの人たちにとってはパン・ヤードが“お茶の間”なんです」

 2008年にはWAIWAI STEEL BANDを結成。現在のフル・メンバーは48人で、愛媛や名古屋、秋田など全国にメンバーがいるという。

 「ライヴを目的とせず、みんなが集まれる場所を作りたかったんですね。だから、最初はアルバムよりも演奏。全国に行きましたよ。それこそ島民が50人しかいないような五島列島の島にも行きましたし」

 日本のパン・バンドはトリニダードのカーニヴァル・クラシックをカヴァーするバンドが多いが、彼らはオリジナルが中心。今回のアルバムに収録された楽曲の多くが震災以降に書き下ろされたもので、「今の自分たちの音を残したい」という思いのもと、全12曲の楽曲が録音された(スティーヴィ・ワンダー《Sir Duke》など2曲のカヴァーも収録)。

 「それまでの日常がどれだけ幸せなものだったか意識するようになりましたね。みんなで集まって演奏できることがどれだけ特別で愛おしいことか。そう考えていったら一気に曲ができていったんです」

 完全カーニヴァル仕様の熱狂盤でもなければ、よくある癒し系スティールパン作品とも違う。伊澤が「僕たちはあくまでも“お茶の間”の音でありたいんです」と話すように、このアルバムはサラッと日本の日常に溶け込み、聴く者の心をほのかに暖めてくれる“お茶の間感覚”のスティールパン・アルバムだ。僕はこんなアルバムを待っていたのです。

 


LIVE INFORMATION
2014年8月23日(土)、8月24日(日)アサヒ・アートスクエア〈ゴールデンアワー〉
http://waiwaisteelband.jp