(C) Kosuke Mori

 

 2台のグランドピアノが向かい合うステージ。対峙する2人の男が熱く奏で合っていた。雷雨のように頭上に降りそそぐ攻撃的な旋律、竜巻のように体を取り巻く重厚なリズム、ときおり深海に落ちていくような神秘的な静寂。激しく重なり合うピアノの音の合間に宇宙を見た気がした。どこまで飛んでいくのか、高揚した音が地球のキャパシティを超えていく。想像を超えた無限の空間。ピアノのデュオがこんなにもスリリングなものだなんて。人間離れした音の対話にゾクゾクと体が震えた。

 2人の男は、山下洋輔スガダイロー。ひとりは、60年代半ばに日本で初めてフリージャズを演奏したとされる日本ジャズ界最高峰のピアニスト。ひとりは、そんな山下の背中を追い続けてきた話題の若手ピアニスト。鈴木勲灰野敬二飴屋法水など各界の奇才たちと積極的にセッションを行う“即興対決魔”としても知られている。

山下洋輔×スガダイロー 山下洋輔×スガダイロー VELVETSUN PRODUCTS(2014)

 スガダイローにとって山下洋輔は憧れのスターだった。クラシック少年だった14歳のころ、偶然耳にした山下の破天荒なピアノに衝撃を受け、のめりこんだ。洗足学園音楽大学で山下が講師を務めるという話を聞きつけると、通っていた大学を中退し受験。実技試験では、山下の前で本人の曲を見事に弾きあげ驚かせた。山下は、自分を見つめて意味深にニヤリと笑うスガの顔、そのときの強烈な出会いを今でも忘れられないと言う。大学ではジャズコースを選択、山下に師事した。あの肘で鍵盤を鳴らす独自の奏法をはじめ、「洋輔さんからありとあらゆる技を盗ませてもらった」とスガは語る。山下もスガの才能を認めていた。2008年、スガ初のアルバム『スガダイローの肖像』の帯には、「双子の銀河系の誕生を目撃しているような体験をした。その中にスガダイローの世界が姿を現わし始めている。戦慄だ。」と、驚異の推薦文を寄せている。

 スガは天才ピアニストであると共に、やんちゃなピアニストでもある。あの実技試験時の“ニヤリ”が象徴するように、挑む、仕掛けるピアノの楽しさを求めている。プロデビュー後は、なんたることか「山下洋輔トリオ狩り」と称して、サックス奏者の坂田明はじめ、歴代トリオのメンバー全員と競演。先輩勢から、「ダイローは頭がおかしい」と喜ばれ、絶賛されたと言う。はたして念願の山下との初デュオライブは、2010年に実現。さらに2012年、2014年と、これまで3度の共演を果たしている。

 1対1、斬るか斬られるかの真剣勝負。師弟対決とも巨匠若手対決ともいえる緊迫の競演は、伝説的ライヴと称された。そんな貴重な演奏がこのたび音源化、アルバム『山下洋輔×スガダイロー』としてリリースされる。2012年11月22日、新宿ピットインでの記録だ。はじまりは山下のソロ。長年に渡り演奏し続けている名曲《Bolero》から。目が潤むほどに美しい旋律が押し寄せる。続くスガのソロは、破壊的な世界観で魅せる《時計遊戯》。好戦的だ。3曲目からデュオが続く。山下洋輔トリオの代表曲《Chiasma》、ジャズ・スタンダード《Body&Soul》、そして山下のオリジナル曲《Spider》、《Kurdish Dance》と、濃厚な全6曲。目を閉じると、2人の息遣いならぬ指遣いが伝わってくる。あの圧巻の指さばきさえ見えてくるようだ。スケート選手がリンクいっぱいを使って悠々と滑るように、2人は鍵盤の隅から隅まで指を泳がせ叩き倒す。息もつけないほどに体中を駆け巡る旋律、まさに戦慄。

 2人の競演を観たときは、たまらなく胸が熱くなった。ピアノを弾くのが楽しくて楽しくて仕方ないと言わんばかり、少年のように無邪気に幸せそうに弾いていたからだ。「さて、どういう手でくるか?」「そう来たならこう返してやる」そんな目配せをしていたのかもしれない。7月6日に放送される『題名のない音楽会~山下洋輔がスガダイローに伝える事~』では、きっとそんな2人の愛しい対話が垣間見られるはずだ。ピアノを前に心を通わせ、確かな技を持ち尊敬し合う2人だからこそ成立した最高の対決。日本ジャズ界の歴史に刻まれるべき新たな名作の誕生だ。