Photo by ホンマタカシ

アンデス経由、秩父から発信! 笹久保流音楽世界へようこそ!

 アンデスのフォルクローレを採集・研究した20代前半の4年間を経て、フォルクローレに留まることのない唯一無二の音楽世界を紡ぎ出してきたギタリスト、笹久保伸。近年は地元・埼玉県秩父市を拠点に勢力的な制作活動を続けてきた彼から、力のこもった2作品が届けられた。

笹久保伸 『秩父遥拝』 CHICHIBU LABEL/BEANS(2014)

 一枚目は『秩父遥拝』。こちらは高度経済成長期以前の秩父で歌われていた古謡をリメイクしたもので、笹久保はギターだけでなく歌声も披露。かつての秩父は養蚕と機織りで栄えた町だったが、そうした産業を支えていた女性たちが口ずさんでいた機織り歌や、秩父の風土を伝える雨乞い歌が一曲一曲丁寧にリメイクされていく。ただし、〈古謡のリメイク〉といってもこれまでにアンデスの古謡を独自に表現してきた笹久保だけあって、彼ならではの繊細なギターワークによって秩父の古謡に新たな息吹きが吹き込まれている。ドラムやエレクトリック・ギターがさりげなく彩りを加える曲もあるほか、本来はシンプルな作業歌だったであろう“麦打ち歌”では高橋悠治による緊張感溢れるアレンジメントが施されていて、いずれの楽曲も紛れもない〈現代の歌〉となっているのが感動的だ。

 ここにあるのは〈古き良き秩父の再現〉ではなく、現在ではほとんど顧みられることのない音楽遺産を笹久保流に再生・蘇生しようという試み。その意味では彼がかつてアンデスでやってきたことと地続きになっているのは間違いないし、言ってしまえば、こうした試みは日本全国どこでも実現可能だろう。本作に鼓舞された各地の音楽家がそれぞれの『秩父遥拝』を作り上げることを期待したい。

粟津潔, 笹久保伸, 青木大輔 『すてたろう』 KEN BOOKS(2014)

 もう一枚の作品が『すてたろう』。こちらは笹久保が地元の音楽家・表現者たちと構成している秩父前衛派の作品で、2009年に逝去したグラフィック・デザイナー、粟津潔による未発表写真と劇画「すてたろう」に、秩父前衛派の演奏を収めたCDがセットとなった作品集。秩父前衛派はジャンル/フォーマットを横断した作品作りを続けているが、その最新の作品集となる。現代美術家/劇作家の飴屋法水による朗読と、劇画「すてたろう」にインスパイアされた演奏が織りなす世界観はフォルクローレとも現代音楽ともつかない不思議なもの。そこから『秩父遥拝』でも描写された抽象的な秩父の景色がフワリと立ち上がってくるところに秩父前衛派のおもしろさがある。

 どちらも笹久保伸という規定外の表現者だからこそモノにすることができた規定外の力作である。じっくりと向き合うことで初めて立ち現れる斬新な音楽世界を心ゆくまで堪能したい。