“Aftermath”(93年)でのソロ・デビューから20周年を迎えた昨年、自身のレーベルを設立しての第1弾『False Idols』をリリースしたトリッキー。そこから1年で新作が届くというのは、コンスタントな制作ペースを掴んだ近年の彼にとっても極めて短いスパンではある。『Adrian Thaws』と題されたニュー・アルバムは、そんなここ数年のノリと創作熱の高さを裏付けるように、野心的な試みに満ち溢れた意欲作に仕上がってきた。それこそ昨今のモードの発端になったドミノ移籍作『Knowle West Boy』(2008年)はブリストルのノウルウェスト地区から世に出た彼の出自をテーマにするものだったが、今回アルバム・タイトルに冠しているのは彼の本名。つまり今作は、90年代のトリッキー自身が意図的に表に出してきたパーソナリティー(言うまでもなく、初作『Maxinquaye』は亡母の名を取ったものだ)とはまた違う角度から、彼の根源にあるものを明白にする一枚と言っていいのかもしれない。 

TRICKY Adrian Thaws False Idols/!K7/BEAT(2014)

 とはいえ、素の自分を表現したことを匂わせながらも、パーソナルな内容がそのまま〈内省的〉とイコールで結び付かないのは彼らしいところ。アルバムを形成するのは少年時代から彼が吸収してきた音楽の断片であり、自身の音楽的なヒストリーを現在の視点で編み込んだ作風は極めて開かれたものだ。ティルザーの歌うジャネット・ケイ“Silly Games”(79年)、グライムMCのベラ・ゴッティを招いたロンドン・ポッセ“Gangster Chronicle”(90年)というカヴァー曲の存在は、エイドリアン少年がトリッキー・キッドになる道程を仄めかすものとして、本作全体が意図する方向性の直接的な表明たりうるだろう。また、前々作『Mixed Race』(2010年)以降の彼にとって新しいソングバードであり続けているフランチェスカ・ベルモンテの歌う先行シングル“Nicotine Love”は、意外にもトリッキー流のハウス・トラック。ダークでクール、ダビーでブルージー……だけじゃない現在の彼のムードは、ネカミッキー・ブランコからブルー・デイジー、愛娘のシルヴァー・タンにまで至るコラボの充実ぶりからも窺える。この後にはフランチェスカのソロ・アルバムも控えているようで、新たな活力を漲らせたこの奇才にはこの先も期待できそうだ。

 

 

▼関連作品

左から、ジャネット・ケイのベスト盤『Through The Years: Greatest Hits & More』(ソニー)、ロンドン・ポッセの編集盤『Gangster Chronicle: The Definitive Collection』(Tru Thoughts)
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