COLUMN

竹村延和 『Zeitraum』

わたしのいまは、あなたのいまとちがう

 「時間」「期間」を意味するドイツ語『Zeitraum』をタイトルに冠した最新作、“竹村延和"としてソロ名義では『10th』以来、実に12年ぶりとなる。近年では日本でのジョン・ケージ生誕100年プロジェクトへの参加や、NY でのスティーヴ・ライヒとの対談、メキシコ大学での音と映像の戯曲「それぞれの時間で」、ベルリンではHKW主催のフェスティヴァルで5人の演奏家と映像による舞台「内面化された異物」を上演、一昨年にはツジコノリコとのコラボレーション作品『East Facing Balcony』を発表と、さまざまな活動をされているので、留まっていたという印象は薄いが、京都からドイツへと移住し初のアルバムとなった。

竹村延和 Zeitraum Happenings(2014)

  “わたしのいまは、あなたのいまとちがう”――12年もの歳月を夥しい情報に塗れた音楽界を横目にやり過ごし、自らの「時間」や「期間」を携えて竹村延和は帰還した。音が発する情報のみに耳を傾けるのはどれくらいぶりだろうか。かつて彼が寵愛を受けたスタイルは、ドイツに移り住むことによってか、もしくは歳月を経て変化しない人間などいないとでも言いたそうな、童話的でありながらも人懐っこさを削ぎ落とした、どこかストイックな印象の作品になった。ただし、それは時代の音からかけ離れるわけではなく、アブストラクトな発音にのせたスポークンワードには〈world's end girlfriend〉の『ゆでちゃん』に通ずる様なポエムコアを感じるし、そういった期間を経たことを忘れさせる“現在”も鳴っている。

 音楽の純化は現代における重要課題のひとつといえるのではないだろうか。純化が時間を要すのだろうか。竹村自身が描いたアートワークが醸し出す様に、時計を前に何かを“待つ”という詩情が今作を言い表す。異なる時期に様々な目的で制作され、構成されたそれぞれの作品は、 只々純粋に“音楽”を追い求めるだけでは無論成り立たない世の中の、しかし音楽のド真ん中で時代の激しい流れに揉まれ続けながらも、結局は音楽しか信じることが出来ない人間の為にある。

【参考音源】竹村延和の2001年作『SIGN』収録曲 “Sign”

 

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