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歌は生きてる

 すでに気付いた読者もいるだろうが、秦の弾き語りの表現は極めて多彩だ。そう、〈弾き語りは静かでゆったりと聴かせるもの〉という一般的なイメージを気持ち良く越えていく感覚もまた、本作の大きな魅力。もちろんそこには、2006年のデビュー以来――いや、彼がアコギを弾きはじめた瞬間から積み重ねられたものがしっかりと根付いている。

 「最初から〈ひとりでギターを持って歌う〉という形がいちばん自然だったんですけど、弾き語りのライヴに関しては、メジャー・デビューするまではせいぜい30~40分くらいの長さだったんですよ。つまり、2時間くらいのワンマン・ライヴをひとりでやるには足りないものだらけだったんですね。そのことを実感したのは、2009年の〈GREEN MIND〉。ひとりで21か所のツアーに挑んだのですが、そのときに弾き語りの捉え方があきらかに変わったんです。以前は〈曲が出来たときの形を、そのままやる〉という感じだったんですけど、その後は弾き語りのためのアレンジを考えるようになったんですよ。静かに聴かせるだけでなく、ビートやグルーヴを出すにはどうしたらいいか。限られた音数のなかで、しっかりピークを作るためには何が必要か。そういうことにひとつずつ挑んでいって、一式整ったのが2011年の武道館弾き語り公演だったんじゃないかって。いまはその時のように突き詰める感じではなくて、いまのスタイルをどうやって発展させるか、進化させるかってことを考えますね」。

“透明だった世界”の2010年のライヴ映像

 さらに秦は「ライヴを経験するなかで、弾き語りの表情も変化していると思う」と言葉を続ける。

 「例えば目の前のお客さんが泣いていたら、歌も自然と変化するんですよね。そういう経験を重ねていくうちに、同じ曲でも違う表現になっていくというか。特に“鱗(うろこ)”はデビュー以降ずっと歌ってきたなかで、いろんな形が存在していて。今回収録したテイクは感情的というか、歌もギターも曲中で(音量が)かなり大きくなったり小さくなったりしているんです。歌は生きてると思うし、その瑞々しさを感じてもらえたらいいな、と」。

 アコースティック・ギターと歌という最小限のスタイルによって、みずからの奥深い音楽性を見事に描き出した本作。『evergreen』というタイトル通り、このアルバムはここから長い時間をかけて、幅広い層のリスナーに浸透していくことになりそうだ。最後に理想の〈弾き語り像〉について訊いてみると、「ジェイムズ・テイラーの在り方には惹かれますね」という答えが返ってきた。

 「奏法云々ではなくて、歌もギターも佇まいも、何であんなに自然でいられるんだろう?って。自分がパフォーマンスする時はどうしても昂揚するし、勝負してるみたいな感覚になることもあるんですけど、彼はまるで自分の部屋で話しているように歌うんですよ。それはある意味、究極の姿だと思いますね。そうなるためには、技術的なことはもちろん、人間力を高める必要があるんじゃないかって。そう考えるとやらなくちゃいけないことは多いし、まだまだ先は長いですね」。

 

▼秦基博の近作

左から、2013年作『Signed POP』、2014年のシングル“ひまわりの約束”、2014年のライヴ映像作品「Hata Motohiro Visionary live 2013 -historia-」(すべてARIOLA JAPAN)
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