フランス人プロデューサーのジャン・フィリップ・アラードは、90年代数多くの名盤を制作した凄腕プロデューサーだ。彼の関わった作品の中でも、晩年のスタン・ゲッツとの諸作、なかでも絶大な評価を得た『ピープル・タイム』(1992年)は、彼のプロデューサーとしての評価を決定づけたともいえる一枚となった。そしてその名盤『ピープル・タイム』は、知る人ぞ知る存在であったピアニスト、ケニー・バロンへの評価を一変させた一枚ともなった。

 1943年生まれのケニー・バロン(71歳)と1946年生まれのデイヴ・ホランド(67歳)は、ほぼ同世代にして1960年代から70年代のニューヨークのジャズシーンを駆け抜けた。フィラデルフィア出身のバロンは、ディジー・ガレスピーらのもとでツアーに明け暮れ、一方、マイルス・デイビスから送りつけられた片道航空券を握りしめ、母国の英国からニューヨークにたどり着いたホランドは、マイルスのみならずスタン・ゲッツらとの共演を重ねた。

KENNY BARRON,DAVE HOLLAND The Art Of Conversation Impulse!(2014)


 そんなふたりは、ケニー・バロンのエンヤ盤『スクラッチ』(1985)で共演を果たした後、2012年デュオでのツアーを実現させ、アラードの熱烈なオファーを受け、デュオ名義での新作『ジ・アート・オブ・カンバセーション』を完成させた。70年代に短期間ながらセロニアス・モンクと共演したホランドを迎えてスイングしまくるモンク曲、つい先日帰らぬ人となったホランドの旧友ケニー・ホイーラーへ捧げられた美しいワルツなど、随所で質実剛健で重厚なホランドのウッドベースのフレージングとバロンのピアノタッチに耳を奪われる。

 ゲッツとの『ピープル・タイム』を始め、故チャーリー・ヘイデンらとアラードのもとでデュオ作を録音してきたバロンと、サム・リヴァーススティーヴ・コールマンらと先鋭的なデュオ作を残してきたホランド、それぞれの奥深い感性がお互いを触発し、絶妙な緊張感がスパイスとなり生み出される神秘的な音の対話が息をのむほどに美しい。