「大変長い音楽生活を送ってきて、実に多彩な活動を続けてきたカエターノ・ヴェローゾの曲のなかで私が歌えるものは限られているなと思って。そこで言葉の響きが美しいものを選ぼうと考えたんです」

 吉田慶子の新作『カエターノと私』は、実に静かで、大変個性的なカエターノ・ヴェローゾ集となった。選ばれたのは、彼のキャリアにおいて歌詞と旋律が徹底的に磨き上げられたもっとも麗しき名曲たち。そう言いたくなるほど、曲の美しさを最大限に引き出してみせたここでの彼女の手腕は見事の一言。心地良い揺らぎを持ちつつ凛然としたささやき声で愛おしむように大好きなカエターノ曲を歌う彼女を支えるのは、ピアノの黒木千波留とベースの増根哲也。〈カエターノとふたりと私〉と呼ぶべき3者の密なる会話が、楽曲自体が持つ特殊性や普遍性を鮮明に浮かび上がらせていく。

 「メロディを重視しつつ、なるべくシンプルに音数を少なくすることを心がけました。ブラジルのリズムにあまりこだわらないようにもし、どこの国の音楽かということを意識させないようにやったつもりです」

吉田慶子 カエターノと私 COREPORT(2014)

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 例えば、独特なたゆたい感が魅力の《Michelangelo Antonioni》。聴き手の意識を遠のかせる能力を有する彼女の歌声が大いに発揮されたこのヴァージョンは、ひょっとすると、あの素晴らしかったベックのカヴァーよりもトリップ感覚が上回っているかもしれないとすら思う。彼女が考えるカエターノの魅力とは?

 「声、顔、佇まい、彼のすべてですね。とにかく見ているとウットリしてしまうし、何をしても受け入れられる。彼がやるからこそ素敵に思えるんです。それから、彼が歌ったことで古いサンバ・カンソンの魅力が多くの人に再発見されるようになったこと。かつてジョアン・ジルベルトは、オーケストラをバックに朗々と歌うスタイルのサンバ・カンソンを、ギターの弾き語りで新しく美しいサウンドに生まれ変わらせた。そういう働きをジョアンのことが好きだったカエターノも行っていますよね。エリゼッチ・カルドーゾの歌も素晴らしいけど、カエターノが蘇らせたカヴァーは私のなかでさらに響く。その響くところは、彼やジョアンの才能であり、センスの良さだと思います」

【参考動画】吉田慶子による“Maria Ninguem”のパフォーマンス

 

 世界的にも珍しいと思われるこのカエターノ・カヴァー集。自身ではどんなアルバムになったと?

 「静かなアルバムになったと思います(笑)。私自身、淡々と進み、静かに終わっていくものが好きなんです。もちろん静かで淡々としたなかに様々な要素が入っていますが、大きな流れとしてどこを聴いてもアルバムの音が流れてくるというか。刺激を求める人には物足りないかもしれないけれど、私は好きなアルバムです」