神童は進化し続けている。その変化を再確認する好機到来!

 神童と呼ばれたピアニストも壮年期を迎えた。圧倒的な技巧と、年に似合わぬ高い表現力を駆使し聴衆を魅了してきたキーシンは、神童からトップ・アーティストに上り詰めてゆく中、更に自らの音に磨きをかけ円熟の響きを作り上げた。2006年、35歳にして当時EMI(現ワーナー・ミュージック)に移籍、それまで(当時BMG)取り上げていたソロ作品から、協奏曲へと重心を移していく事となる。

 移籍第1弾にして1993年以来13年ぶりとなったモーツァルト:ピアノ協奏曲第24番とシューマン:ピアノ協奏曲では、共に短調の曲を悲劇性を失わぬまま空恐ろしいまでの美しさに昇華させ、文字通り聴衆の度肝を抜いた。

 続いて録音されたのが、実演でも幾度となく取り上げられ絶賛されてきたベートーヴェンのピアノ協奏曲。これまで録音されなかった事自体が不思議な曲であったが、満を持してから、という思いがあったのだろう。サー・コリン・デイヴィス&ロンドン交響楽団という最高の共演者を得ていよいよ取り組んだこの録音は、ただ質実剛健になるのではなく、曲に込められた美しさや一瞬の影を余すところなく導き出し見事なベートーヴェン像を作り上げたのであった。

EVGENY KISSIN 『モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番/シューマン:ピアノ協奏曲』 ワーナー(2007)

 更にキーシンの快進撃は続く。自らと同じロシア出身のプロコフィエフでは、通常技術一辺倒に陥りやすい作品から詩情溢れる音を紡ぎ出し、更に磨き上げられた表現力を見せつけた。

 そして、2度目のモーツァルトとなるピアノ協奏曲第20番&27番では、人気のクレメラータ・バルティカをバックに弾き振りも披露。自らのモーツァルト観を完璧に表現するまでに至った。

 キーシンはいまだ進化を続けているのだ。そんな彼が日本で現在の姿を披露してくれる事となった。あわせてEMI時代の音源がHQCDにて復刻される。キーシンの〈過去〉と〈現在〉を一挙に楽しめるまたとない機会。世界最高のピアニズムを心行くまで味わってほしい。