ジャズとソーシャル・ミュージック

第1回:前書き

はじめまして、長野でイラストレーターをやりながら合間にジャズをはじめ色々な音楽を聴いている北澤と申します。去年「Jazz The New Chapter」という現代のジャズとそれに関わる様々な音楽を紹介したムックが出版されましたが、それ以来、今のジャズが雑誌やウェブサイトなどのメディアで紹介される機会が徐々に増えているようです。そしてこのブログでも現在のNYシーンのジャズを中心に数多くのミュージシャンや作品、注目すべきトピックスを紹介していきたいと思います。

その際こだわりたいことが2つあります。それは

(1)ポピュラー音楽のひとつとして現代のジャズを紹介すること
(2)過去のジャズと地続きの音楽として現代のジャズを紹介すること

です。

1つめは何十年もの間様々な音楽と交差してきたジャズを語る上で、特段珍しいアプローチではないでしょう。ここでは毎回1人のミュージシャンを取り上げる際、その人がインスピレーションを受けてきた音楽をジャズか否かに関係なく紹介していきます。例えばジャズに馴染みのないロック・ファンや、今までジャズばかり聴いてきたけど他の音楽を聴くキッカケがほしいというジャズ・ファンにも役立つような記事を書くつもりです。また、紹介するのはポピュラー・ミュージックが中心になると思いますが、時にはその源流としてのクラシックや民族音楽にも言及していく予定です。

 

現代ジャズ・ピアノの巨匠、ブラッド・メルドーレディオヘッドカート・コバーンなど現代ロックの名曲のカバーも多い。こちらはイギリスのロック・バンド、ザ・ヴァーヴのカバー。ストリングス・アレンジ付きの原曲をピアノ一台で見事に昇華している。

 

メルドーが自己の作品でたびたび取り上げているニック・ドレイクの“River man”。聴き手の内面に深く沈み込んでいくようなサウンドは、メルドーや彼に近い世代のミュージシャンにとって強く共感できるものだったのだろう。

 

2つめは具体的に言えば、取り上げたミュージシャンがいかに過去のジャズや音楽の伝統を消化し、自分ならではの個性を表現しているかに焦点を当てるということです。ですが単なる教科書的な歴史の記述やマニアックな文脈論にはしたくありません。現代ジャズのファンが50年代~60年代のモダン・ジャズをより身近に感じてもらえるように、あるいは逆にモダン・ジャズのファンが2000年代~2010年代の現代ジャズを気軽に俯瞰できるようになることが目標です。ジャズと他ジャンルの音楽を同列のものとして聴くことが当たり前になった現在、今度は時代ごとの区分から解放されたジャズの面白さをアピールできたらと思います。

 

14歳のメルドーがレコードで聴いて衝撃を受けたという、キース・ジャレットのピアノソロ。左右の手がそれぞれ独立した動きをする点はクラシックの対位法を彷彿とさせる。これをトリオ・フォーマットに拡張したピアニストがメルドーだ。

 

テーマの断片を常にほのめかしながら次々と変奏していくという、以前はほとんどかえりみられることがなかったスタイル(テーマティック・インプロビゼーション)に新たな光を当てたメルドーが、もっとも参考にしたピアニストの1人がセロニアス・モンクだ(モンクをオマージュした曲も作曲している)。

 

前置きが長くなりましたが、次回からは1回につき1ミュージシャン(あるいは1作品)を中心に紹介していくつもりです。なお、記事の読みやすさのため2回目以降はですます調をやめさせていただこうと思います。ご了承ください。

それではこれから「ジャズとソーシャル・ミュージック」をよろしくお願いいたします。

【プロフィール】
北澤 敏

北澤 敏

大学在学中にモダン・ジャズを聴きだし、2011年に東京の会社に就職してからは現代ジャズに魅せられる。2014年夏、それまで務めていた会社を辞め、長野県の実家でイラストレーターとして再スタート。ジャズに関する文章のお仕事募集中。〈Jazz The New Chapter〉シリーズに寄稿。 Mail:kitazawa0831@gmail.com

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