家族の崩壊を語るCDと、現代の遺伝子科学・宇宙科学などのテーマを含んだ美術作品展

 21世紀初頭を代表する音楽作品、そして芸術作品として、このビョークの新作は歴史に残る、と僕は思う。このアルバムを聴いた人は、映画を見ているような感覚になるかもしれない。家族の崩壊の物語が語られているのだ。出て来るキャストはビョーク、元夫の現代美術家マーシュー・バーニーと娘。しかし、聴く者にとっては自分自身のことのように感じることもあるだろう。アルバムの9曲は、家族の記録をたどって行く。メロディはソフトに歌われるが、その印象は叫び声に近い。

BJORK Vulnicura One Little Indian(2015)

 曲の前に時を示すサブタイトルが付いている。

3ヶ月前:「夜中に君を起こして、これが最後かもしれないと思いながら、君に触れて全ての瞬間、君をファックした全ての瞬間を同時に思い起こした」

2ヶ月後:「家族がお互いの神聖な使命だった。それを君は裏切った」

6ヶ月後:「私達の家族の亡骸を埋める墓場はあるのか?」

11ヶ月後:「私達の愛が終わると、君の霊は私に中に入り、私達は子供を守っていく守護者となった」とガムランの響きで歌う。歌われる内容は僕もそうだが、家族の崩壊を経験した者誰もが感じたことがあるであろう内容。CDのジャケット写真はビョークのハートの前に包丁で切ったような大きな傷口があるコラージュ・アート。タイトルは『Vulnicura』。傷口の為のヒーリングという意味。ビョークは現代アートのマリーナ・アブラモヴィッチの作品に影響を受けた事も語っている。

 これは“ポップス”のアルバムではない。このアルバムではビョークの作曲した弦楽アンサンブルの作品に二人のエレクトロニクスのコラボレーターがいる。少人数で密度の高い世界を作っている。その上で、ダークなエモーションで心を刺すように歌うビョークが中心となっている。初めて聴いた時、ただひたすら引き込まれた。終わるまで、何も出来なくなった。動きたくもなくなった。音楽は現代音楽の作曲家アルヴォ・ペルトを思い起こさせるところがある。全ての弦楽オーケストラと合唱の編曲はビョーク本人が書いている。作曲家ジョン・タヴナーは「ビョークほど優れている作曲家は現代音楽の世界では最近中々出会わなくなった」と語っている。このアルバムは、けっしてBGMとして流して聴くことは出来ない。あまりにも深く重々しく人を完全にその世界に巻き込んでしまうからだ。

 このアルバムのリリースと共に、ビョーク・アーカイヴ展がニューヨーク近代美術館で行われる。そして、現代科学をテーマにした前作品のアプリケーションがそこのパーマネント・コレクションに入った。ビョークが歌う、家族の崩壊と遺伝子科学はテーマとして繋がっている。ビョークは多くの科学者が語っている、この2、30年間で遺伝子科学、生命科学、宇宙科学等で起きている科学革命にインスパイヤーされて、それを紹介しなければ行けないとも感じていた。それは母であるという事ともつながりがある。その重要性はダーウインの進化論が起こした事と同じで、その理解が広まったら、進化論が宗教観を変えてしまったのと同じように政治、社会、宗教から家族のあり方までを変えてしまう。今まで20世紀で考えられていた宇宙ではなく、生と死についても、遺伝子についても、全てをひっくり返す事が一部の科学者達の間で分かって来ている。では、なぜその事が一般的になっていないのだろう? 現代は情報に溢れていて、人は何が重要なのか、分からなくなっている。宗教からオカルトまで、どんな事でもネットにある。人を引っ掛ける罠もたくさんある時代だ。知識を得るにはポピュラーな脳科学者の本からではなく、本物の科学学会に行って、様々な論争を聞くしかない。ビョークは前作品の前に100回以上の科学学会の講演に行って、完全に情報を確かめながらアルバムを製作していった。それだけ今の時代にとって重要なことなのだ。最近のビョークは自分の考えている事と同じテーマで作品を作っている気がする。時代は現代科学と芸術を結び付けられるアーティストを必要としている。

 

EXHIVISION INFORMATION

EXHIBISIONS Bjork Archives

会期:3/8(日)- 6/6(土)

会場:MOMA ニューヨーク近代美術館

www.moma.org/visit/calendar/exhibitions/1501