崇高でもなく、挑発的でもない。愛の終焉を告げる歌は、彼女自身の傷を浄化するためのものでもあり、あなたの日常に寄り添う癒しの音楽でもある

 

(C)2015 Inez and Vinoodh. Image courtesy Of Wellhart /One Little Indian

 

脱・神秘化

 常にパーソナルでヒューマンな観点から音楽を作っていながら、ビョークにはどこか浮世離れしたイメージがある。そんな人がハートブレイクに取り乱して絶望する姿をさらし、ひとりの恋人、ひとりの母親、ひとりの生身の女性に過ぎないのだという事実を突きつけられた時の衝撃は大きい。前作『Biophilia』(2011年)が〈音楽と自然とテクノロジーの融合〉をコンセプトに掲げた壮大なマルチメディア作品だっただけに、それはなおさらのこと。そういう意味で、長年のパートナーだったマシュー・バーニー(映画「拘束のドローイング9」でコラボした米国人の現代アーティスト)との関係の崩壊と、心に負った深い傷を癒す過程を克明にドキュメントしたこの新作『Vulnicura』は、一種の脱・神秘化を促すアルバムであり、愛の死を乗り越えようとするサヴァイヴァルの物語でもある。

BJORK Vulnicura One Little Indian/ソニー(2015)

 その始まりは、まだ『Biophilia』に伴うツアー中だった2年以上前のこと。特に目標やテーマを意識することなく曲作りを進めていた彼女は、かなり時間が経ってから、自分が書いていた曲の意味合いを悟ったという。

 「当初はただ何も考えずに書いていたのよ。いつもそうしているから。でもそのうちに、私にとって曲作りが理想的な癒しのプロセスになった。そして、これが私の家族にとっても癒しになり、ひいては他の人たちにも癒しを与えられるんじゃないかと思いはじめて、作品に仕上げようと決心したの。ほら、世の中には自分でコントロールできないことがあって、なるようにしかならない時もあるでしょ!? このアルバムみたいにね。それに、分別を失っていることがハートブレイクの渦中にある人間の特徴だから、こういう結果になったってわけ(笑)」。

 ビョークが言う「こういう結果」とはまず何よりも、彼女とマシューの関係のディテールや自分の心の内を包み隠さず綴った、あまりにも赤裸々な筆致を指すのだろう。冷静だったらとても書けなかった言葉なのだ、と。特に男性リスナーは少々戸惑いを覚えないとも限らない。

 「友人たちが、〈男性がこれを聴けば女性の考え方を理解できるようになるかも〉って私に言うの。それって良いことよね。女性の視点に立ち、私たちがどのように感じているかを知ることで、カップルが別れを踏み止まる可能性も出てくるでしょ!? だからそういう言葉を耳にすると凄く嬉しくなるわ」。

 

アルカは同志みたい

 プロダクション面も他の作品とは趣を異にし、徹底してミニマル。彼女のキャリアでもっとも美しいメロディーの数々に、最低限のエレクトロニック・ビートとストリングスを添え、剥き出しの歌を響かせている。

 「このアルバムは例外的にメロディーが強くて、そのメロディーも非常に古典的な趣だから、オリジナリティーにこだわっているわけでもなく、自然と生まれるままに任せたの」とビョーク。通常は曲を書きながらアレンジとビートを練る彼女が、先にメロディーと詞を書き上げるというシンガー・ソングライター的なアプローチを採ったことも、本作からありありと感じ取れるだろう。とはいえ、ストリングスの使い方は独創性を極め、ビートもかつてなくアブストラクト。革新的なサウンドとトラッドな楽曲が互いを引き立てており、前者については少数精鋭で臨んだ今回のレコーディングにおいて、多くの曲を共同プロデュースしたアルカことアレハンドロ・ゲルシの貢献が大きいと話す。

 「彼は途方もなく才能に恵まれていると思う。私はいろいろな人とコラボするんだけど、純粋にプログラマー肌の人には、私が求めている音を説明して作ってもらうのね。その一方で、エキセントリックで個性の強い人には好きに音を作らせて、それを私が加工して曲に馴染ませる。でもアレハンドロは両方の面を備えていて、とてもフレキシブル。音楽的な意味で同志みたいに感じられたの。そして作業が速いことも嬉しかった。こういう題材を扱っているだけに、できるだけ短時間で仕上げたくて。だから曲はこんなに悲しいのに、レコーディングは本当に楽しかったわ」。

 こうして完成を見た『Vulnicura』は、ビョークに癒しをもたらした、音楽そのものの力を讃えるアルバムと呼べなくもない。〈傷の治癒法〉を意味するというタイトルは、ふたつの単語――〈vulnus(傷)〉と〈cura(癒す)〉から成る彼女の造語なのだから。

 「私が音楽を愛しているのは、音楽がたくさんの異なるものになり得るからなの。病気を治癒する時、誰かを誘惑する時、踊りたい時、赤ちゃんを寝かしつけたい時、あらゆるシチュエーションで役割を果たしているわ。何しろ、人間が言葉を話しはじめる前から音楽は存在したという説を裏付けるさまざまな発見がなされていて、それって私には納得がいくのよ。音楽は私たちのDNAの深い部分に編み込まれていて、魂のなかの重要な位置を占めていると思う。そして自己表現をするうえで、あるいは他者と感情を共有するうえで、極めてナチュラルな手段でもある。何らかの感情を記録するにも、曲を書くことに勝る方法はないわ。曲を聴けばその感情を抱いた時の自分に戻れるしね。いつでも参照できるエモーショナルな座標みたいなものなのよ」。

 ならば、これらの曲をステージで歌う時には、傷口を開くような体験になることは必至。それでも目下続々とライヴの日程が発表されているのだが、「何も起きない日もあるでしょうし、次の日は辛くなる可能性もあるし、どんな結果になるかわからないのよね」と淡々と語るビョーク。彼女にとって癒しのプロセスは、本作をそうやって我々と分かち合うことで完了するのかもしれない。