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[ 緊急ワイド ]インディー・ポップ百景
10年代も半ばまで過ぎました。まだそんなこと言ってんの?という声もおありでしょうが、旬も流行も浅薄な理屈も時代のムードも超えた地平で響いてほしい音楽たちは、世界中から毎日のように登場しています!

 


 

TORO Y MOI
トロットロにサイケデリックな新境地

 

 

 「エレクトロニックなR&Bだったり、もっとトラディショナルな感じのR&Bも作ってきたからね。他にどんなことができるのか、試してみたかったんだよ」――ニュー・アルバム『What For?』について、そんなふうに語るトロ・イ・モワことチャズ・バンディック。新作に先駆けてネット上に公開された“Buffalo”と“Empty Nesters”の方向性から、すでに心の準備はできていると思うけれど、今度のトロ・イ・モワは本人のコメントからも窺える通り、いままでとはちょっと勝手が違う。『Causers Of This』(2010年)から『Underneath The Pine』(2011年)を経て『Anything In Return』(2013年)へ、変化/進化を遂げながら、あくまでも同じレーンを走り続けていたところがあった過去3作に対して、言ってみれば今回の『What For?』は完全に車線を変更し、新しいゴールをめざしはじめたような印象だ。

TORO Y MOI What For? Carpark/HOSTESS(2015)

 実際、ここでは従来のファンクディスコ・フィーリングはほとんど影を潜めていて、そこにトロ・イ・モワの真価を見い出していたリスナーであれば、多少なりとも戸惑いを覚えることになると思う。けれど、振り返ってみると「心のこもったポップ・ミュージックを作りたかった」という『Anything In Return』が、それまでの活動の集大成的な色合いを濃くしていたのも事実で、そのことは彼のダンス・プロジェクトであるレ・シンズ『Michael』(2014年)に収められていた完璧なスムース・ブギー“Why”での、熟練した仕事ぶりからもあきらか。冒頭で引用した発言にもあるように、この路線でできることはもうすべてやり尽くしたというのがチャズの本音なのだろう。

 『Anything In Return』リリース時のインタヴューで「最初はサイケっぽいものを作ろうとしていけど、すぐに飽きた」「バークレーに住むようになってから、サイケデリックな音楽についてより深く知りたいと思うようになった」などと話していたが、『What For?』はそんな彼のサイケデリック・ロックへの傾倒ぶりが強く反映された作品集になっている。ちなみに、チャズは今作のインスピレーション源として、ビッグ・スタートーキング・ヘッズトッド・ラングレン、さらにはブラジリアン・ソウルの創始者のひとりであるチン・マイアや、近年ヒップホップ界隈でのサンプリング使用頻度が非常に高いフランス産ジャズ・ファンク・バンドのコルテックスといった名前を列挙。個人的には、本格デビュー前の2009年にツアー会場限定で出回っていたトロ・イ・モワの初期音源集『June 2009』(2012年にリイシュー)だったり、しばしばチルウェイヴシューゲイザーのプロトタイプとして取り沙汰されるビーチ・ボーイズの“All I Wanna Do”(70年)といった淡いトーンのサイケデリック・ポップを連想した次第だ。もちろん、彼がみずからプロデュースを務めたキース・ミードのファースト・アルバムにして、カリフォルニア流サニー・ポップの良作『Sunday Dinner』(2月にリリースされたばかり)との連続性を感じさせるところもあるだろう。

 「新しいことにトライしているとはいえ、精神性やクリエイティヴィティーという意味ではいままでとまったく変わらないよ。要は身近にあるものを取り上げて、どうすればそれをさらに良いものにできるかということだからね」とは本人の弁。スティーヴ・ミラー・バンドばりのスペイシーなファンキー・ロックを展開する“Spell It Out”などを聴いていると、好奇心の赴くままに次々と新しい扉を開いていくこの男が、次はいったいどんな境地に辿り着くのか、俄然楽しみになってくる。

 

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