COLUMN

オペラ〈遥かなる愛〉日本初演を控えるカイヤ・サーリアホ、神秘と愛を探究する作曲家の魅力について

(C)Priska Ketterer 

 カイヤ・サーリアホ(1952-ヘルシンキ生まれ)の音楽を聴いていると、いつもとは全然違った風景が突然見えてくる。それは、魔法のかかったような中世的な世界。見えないものが忽然と姿をあらわすような謎めいた世界。日常性と隣り合わせではあっても、全く異なる次元の世界…。そのようなものが確かに存在するということを、サーリアホは教えてくれる。子供の頃、胸をときめかせて絵本のページをめくったときのあの興奮が、音楽だけの力によって、力強く、やさしく、再び甦ってくる。それくらいサーリアホの音楽は、視覚的なイマジネーションを喚起してくる。

 サーリアホの音楽は、知識のまったくない聴き手にとっても、美しくとっつきやすい。その独特の響きには、彼女自身の「世界観」がはっきりある。「心」と「愛」が、その音楽の目指している、形作ろうとしている幻想の世界が、確かにある。

 はっきり書くが、いわゆる才能や技術のある作曲家というだけでは、聴き手を魅了することは決してできない。たとえ拙くとも、伝えたいことの内実が、イメージが、豊かでなければならない。サーリアホはその点が凄い。彼女には語るべき巨大なものがはっきりと見え、聴こえているのだ。まるで巫女のように。

【参考動画】カイヤ・サーリアホのオペラ〈遥かなる愛〉ヴィジュアル・ヴァージョン

 サーリアホが最初に大学で学んだのはヴィジュアル・アートで、幼少時から音楽に親しんでいたとはいえ、本格的に作曲を学び始めたのは少し後になってからなのだそうだ。彼女がダルムシュタットやIRCAM(フランス国立音響音楽研究所)で学んだものとはおそらく、魔女が秘薬を調合するときのレシピのように、ある特殊な響きや音色を生み出すための技術なのだろう。スペクトル楽派から最大の影響を受けたとのことだが、サーリアホの場合、その響きの目的は、常にはっきりとしている。中世的な夢を作り出し、神秘と愛の探究へと、聴き手を誘うことだ。

 この5月には、オペラ『遥かなる愛(彼方からの愛)』(演奏会形式)の日本初演がついに実現する。台本は、レバノン生まれでアラブの文化や歴史に造詣が深く、ゴンクール賞も受けたことのあるパリ在住の著名な作家アミン・マアルーフ(1949-)。マアルーフはサーリアホとたびたび共同作業を行っており、20世紀フランスの女性思想家シモーヌ・ヴェイユをテーマとしたオラトリオ『シモーヌの受難』(2006年)も二人の作品である。

 『遥かなる愛』は、12世紀の吟遊詩人ジョフレ・リュデルが、海の彼方の高貴な女性クレメンスの存在を知り、理想の愛を求めて彼女に会いに行くが途中で病となり、お互いの愛を確かめたところで息絶えてしまうという物語。ここで問われているのはおそらく、「人生において真実の愛は可能か?」という問題である。これは、愛を求めるすべての人が歩みうる、魂の彷徨の物語なのだ。夢の世界の話ではあるが、心の中のもっとも切実な現実のテーマでもある。主人公リュデルの無謀な旅は、精神的な人間として生きようとすることの極限の行為である(そこにサーリアホは作曲家としての自分を重ねている)。詩人が思いを寄せる女性クレメンスの側からすると、これは「わたしの魂の深いところへと遠くから訪ねてくる詩人の男」との愛は実現可能かという問いでもあるだろう。

 明らかにここには「トリスタンとイゾルデ」と「ペレアスとメリザンド」の余韻が感じられる。『遥かなる愛』においては、愛はより純化され、引き裂かれ、“届かないけれど確かにあるもの”として昇華される。この作品は、オペラというよりは声楽つきの交響詩に近い。それほどまでに、サーリアホ特有の神秘的な響きは全体を覆い、聴き手を内面への旅へと連れ去ってくれる。東京オペラシティでの上演では、彼女のパートナーでもあるマルチメディアアーティスト、ジャン=バティスト・バリエールの幻想的な映像演出も楽しめる。

 入門編ディスクとしては、《クラリネット協奏曲》《ラテルナ・マギカ(幻灯機)》他を収めたオラモ指揮の作品集(ODE-1173)を挙げておこう。
 

KAIJA SAARIAHO サーリアホ: 歌劇 「彼方からの愛」 (L'Amour de loin) Deutsche Grammophon(2005)

KAIJA SAARIAHO カイヤ・サーリアホ:作品集 Ondine(2011)


 


LIVE INFORMATION

東京オペラシティの同時代音楽企画
コンポージアム2015「カイヤ・サーリアホを迎えて」

○カイヤ・サーリアホの音楽──オペラ『遥かなる愛』(演奏会形式)
5/28(木) 19:00開演 

出演:エルネスト・マルティネス=イスキエルド(指揮)
与那城敬(Br)林正子(S)池田香織(MS)東京混声合唱団 東京交響楽団
映像演出:ジャン=バティスト・バリエール

○2015年度武満徹作曲賞 本選演奏会
5/31(日) 15:00開演 
審査員:カイヤ・サーリアホ 
出演:渡邊一正(指揮)東京フィルハーモニー交響楽団
ファイナリスト(エントリー順):
トーマス・ヴァリー(オーストリア):ループ・ファンタジー
ファビア・サントコフスキー(スペイン):存在の絵
セバスチャン・ヒッリ(フィンランド):リーチングス
イーイト・コラット(トルコ):[difeʁas]*  *différance/差延

会場:東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル
www.operacity.jp/concert/compo/2015

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