じつは、上記インタヴューをまとめるに先立って、それまで抱いていたいくつか考えていることを青木涼子本人に話していた。こういうようなことだ。舞台でやる能は男性ばかりなのに、藝大の邦楽科には女性がはいることができ、町の教室や一般大学のサークルにも女性が多くいるという事実。女性が藝大で能を専攻された場合、卒業後はどうするのかという疑問。一方で、現代の作曲家とのコラボレーションを、どうしてやるようになったのか。そして青木涼子は〈能と現代音楽〉ということで一種のパイオニア的存在になるわけだが、今後、おなじようなことをやる人があらわれて、レパートリーを継承したり、活動を広めて行ったりするようなことが想定されているのかどうか。さらに、そもそも能は演劇なのか音楽なのか、あるいは文学なのか。声もあるが、身体の動きなどの視覚性もある能を、CDというかたちでリリースすることとは。

「藝大に邦楽専攻が作られて、その中に能が入っているというのは結構重要なことだと思います。しかも、東京音楽学校ができて、お能が入ったのは、邦楽の中でもはじめの方なんですよね、観世流が最初でした。その当時の家元である二十四世宗家観世左近元滋がすごく力を入れていて、音楽学校に能を入れることで〈国家公認の能〉ということにしたかった。音楽学校で、藝大で、とはそういう位置づけだったんです。大学に組み入れるのなら女性にも門戸が開かれるべきだとして、その家元が女性の教育を始めた。しかし、その方が早く亡くなられたのです。女性のお弟子さんを取っていたけれど、その先の道筋を示さないまま亡くなられた。もしそのまま続けられていたら、今の女性能楽師のあり方もまた違ったものになっていたかもしれません。しかし、そのお陰で女性人口も増え、戦後になって女性能楽師も誕生しました。

 私はお能の家の出身ではなかったので、藝大で学べたことは大変大きかったと思います。私が入った当時は、藝大は縦割りで、横との交流が全くなかったのですが、大学側も学科間の交流をさせたいと思っていた時期でした。私は〈家〉の子でもないし、女性だし、そういうのに興味がありそうだ、っていうことで先生が割と推薦してくだすって、藝大の中だったらいろんな活動をやったらいいんじゃない、っていうところから、最初の活動は始まりました」

――すこし前に遡るとして、中学や高校のときには?

「小学校のときからクラシック・バレエはやっていました。舞台芸術がすごく好きだったのです。何かそれに関わることをやりたいなあ、とは思っていて。ただ、やっぱり日本人なのに西洋のものに囲まれて育ち、それが普通だと思っていたので、日本人なのにどうして日本のことやらないのかな、と思っていたらたまたまお能に出会って。高校の頃、(お能を)習っていた先生に、藝大に科があって行けるわよ、と言われたのです。私は、本当に新しい芸術を生みだす場に行きたい、ということしか頭になかったので、藝大に行ったらそういう場に立ち会えるんだ、と思っていました。それで受験したんですが……。行ったらそういう場はなかったと(笑)」

――ヴィヴィッドな創作の、創造の場、に興味があった。

「すごく興味がありました。私の地元は大分なのですが、東京に行きさえすれば、アーティストが交流して新しい物を生み出していた60年代の頃のような動きがあると思っていたんですよ、なんとなく」

――実際に(藝大に)入るために必要なもの。そして、入学してからは。

「入るのに必要なのは実技です、普通に謡(うたい)と舞をやります。ただ、実情をよくわかっていなかったんですね。お能の現場では、新しいコラボレーションはやられないとか、あと〈家〉の人じゃないこと、また女の人は難しいとか、そういうことを全然わかってなくて。何か創造の場には関わりたいので、日本人だからそういう日本のバックグラウンドを持っている方が強みだろうと思ってやっていました。ところが、大学に入ったら、あ、違うんだ、と。とにかくその世界を知らないといけないので、それにどっぷり浸かるような生活をしました」

――女性が能を演じるということは。

「能は男性によって作られてきたものなので、制度的にもレパートリー的にも女性にとても適しているかと言われると疑問だと思います。男性が女面を掛ける時は、女性に変身するために掛けるわけですが、現在では、女性が能を演じる時も従来の男性のやり方をそのまま踏襲する、という風になっています。それを芸術的にどのように考えるかは、何も解決されていないまま、今まで来てしまった。制度的にも、男性と全く同じように舞台に立てるかというとそういうわけでもない。なかなか難しい現実があります」

――シンプルなジェンダー論ではすまない……。

「だからこそというか、女性の能楽師というのは20世紀以降の話なので、女性のための新しいレパートリーというのは、もっと作られていいのではないかと思います。特に女性の声のための作品が新しく生まれると面白いですよね。参考にすべきは、雅楽における宮田まゆみさんのような活動でしょうか。確かに伝統的な枠組みの中では、新しいことへの挑戦はなかなか難しいことではあるのですが。。」