(C)2015「グッド・ストライプス」製作委員会

 

 世に言う“できちゃった婚”を、英語では“Shotgun Wedding”というらしい。それは大きくなった娘のお腹で事態に気付いた父親が、娘の恋人にショットガンをつきつけて結婚を迫ったことからだとか。実際にショットガンを突きつけられなくても、妊娠はカップルに大きな決断を迫る。映画『グッド・ストライプス』は妊娠発覚から始まるラヴストーリーだ。付き合って4年目、デートしても会話は盛り上がらず、すっかりダレはじめてきたカップル、緑(菊池亜希子)と真生(中島歩)。そろそろ潮時……そんな空気も漂うなかで、緑の妊娠が発覚。堕ろすには時すでに遅く、二人はなし崩しに結婚することを選択する。そして、なんとなく始まる結婚へのカウントダウン。でも、そこでありがちなドラマティックな障害が二人に立ちはだかったりはせず、本作が長編デビューとなる岨手由貴子監督は、二人の結婚式までの日々を静かに追いかけていく。

 そもそも真生と緑は、育った環境もセンスも違う。真生の両親は離婚しているが、父親はフリーのカメラマンで母親は女医。文化水準の高い家庭で育ち、友達はゴルフをしたり、オシャレなバーで合コンしたりするリッチな連中だ。一方、地方出身の緑はレストランでバイトをしながら、友達のバンドのライヴを見に行くのが楽しみ。腕にはペットの亀のタトゥーを入れている。そんな二人はひとつ屋根の下で住みはじめるが、インテリアの配置、CDの整理、何ひとつ意見が合わずテンションは下がりっぱなし。そんな二人がお互いを見つめ直すきっかけになるのが、それぞれの家族との出会いだ。緑は真生の母親に診察してもらいつつ、真生とは長い間、交流がなかった父親に会って、真生が抱えている父親に対する屈折した想いを知る。一方、真生は緑の実家に招かれて、都会に憧れながら地方で鬱屈した青春を送っていた緑の“黒歴史”を知る。緑の実家で彼女が髪を染めて背伸びしていた頃の写真を見つけた時、嫌がる緑とは裏腹に真生が優しい笑顔を浮かべるが、そんなふうに二人は自分が知らなかったパートナーの横顔と出会って、少しずつ関係が深まっていく。岨手監督は結婚をテーマにしながら、結婚式というイヴェントを軸にするのではなく、そこに至るまでのカップルの心の動きを丁寧に描くことで、人生の新たな局面に歩み出した若者達の内面をリアルに、繊細に描き出していくのだ。

(C)2015「グッド・ストライプス」製作委員会


そんなドラマに役者は自然な演技で挑んでいるが、なかでも魅力的なのが、モデルや女優、雑誌の編集など幅広く活躍する菊池亜希子。長身をちょっと持てあますように動かして、親近感を感じさせる文化系女子を演じる彼女は『フランシス・ハ』のグレタ・カーウィッグを思わせる知的なキュートさがある。一方、自分の感情をあまり表に出さず、家ではネットサーフィンに明け暮れる草食男子、真生を演じたのは中島歩。最初は緑の影で存在感はかすみがちだが、物語の後半はうじきつよしが演じる父親との確執を乗り越えて大人へと成長していく“男のドラマ”を通じて、抑えた演技のなかに真生の芯の強さを垣間見せている。そんななか、女性監督のせいか女性と女性の関係の描き方、その生々しさが印象的だ。結婚することが決まってから、バンドをやっている友達と緑の関係がこじれたり、働いて実家にお金を入れている姉が都会に出て行った緑に攻撃的だったり。そのほか、真生が結婚することを知ってモーションをかけてくる元カノや、さりげなく息子と恋人を見守る真生の母親、真生の父親の恋人など、女性たちのキャラクターは逞しく生き生きしている。また、バンドのヴォーカルにシンガー・ソングライターのSugar Meを起用したり、大橋トリオが映画の主題歌《めくるめく僕らの出会い》を歌ったりと、まるで緑が監修したような音楽面のこだわりも見逃せない。

 こんなに違う二人が、お互いどこに惹かれたのか。それが物語が進むにつれて何となくわかってくるなか、ちょっとしたやりとりやセリフから、お互いを思う気持ちが滲んでいたりする。そのさりげなさが愛おしい。恋人といってもそう簡単に相手の気持ちなんてわからないし、愛しているからって相手のために自分を捨てることなんてできない。でも、相手を想いながら、自分らしく寄り添うことならできるかもしれない。違った価値観を大切にしながら、お互いにそれをリスペクトして生きること。それは恋愛に限らず、いまの世界で求められていることであり、それが家族という社会の基本の単位となるコミニュティで受け入れられれば世界も少しはマシになるはず。社会がもとめる理想の愛、理想の結婚、理想の家族なんて絵空事に縛られずに、自分たちの関係をしっかり見つめ直してみよう。そんな眼差しに貫かれた『グッド・ストライプス』は、爽やかな語り口のなかにしなやかな愛の形を浮かび上がらせた物語だ。
 


映画「グッド・ストライプス」
脚本・監督:岨手由貴子
音楽:宮内優里
主題歌:大橋トリオ “めくりめく僕らの出会い”(rhythm zone)
出演:菊池亜希子 中島歩  臼田あさ美井端珠里 相楽樹 山本裕子/中村優子 杏子 うじきつよし/他
配給:ファントム・フィルム(2015年 日本 119分)
(c)2015「グッド・ストライプス」製作委員会
◎5/30(土)より、新宿武蔵野館ほかにて全国公開
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