包容力に溢れた歌声と心地良いエクスペリメントの注がれた、アトモスフェリックで美しい深み。新しい彼女の描いた新しい音世界は、恐るべき傑作へと結晶した……

「このアルバムを作っている間ずっと変な自信が溢れていて、苦しみもなくただただ楽しかったんですよね。その感覚って凄く久しぶりで。毎日スタジオにいくのが本当楽しみだったし、頭の中がずっとハイで。でも特に理由もなく、ただただ音楽をみんなと作れるのが楽しくてそれで毎日ハイだったなって。それが印象的だったので『EUPHORIA』にしました」。 

EMI MARIA EUPHORIA KSR/Village Again(2015)

 昨年の『In My World』にて、結婚~出産に伴うお休みから復帰したEMI MARIA。そこから1年ほどで登場したのが今回のニュー・アルバム『EUPHORIA』となるが、本人としては昨年のうちに出すつもりだったらしく、創作熱は高まる一方だったようだ。

 何と言っても期待を素晴らしく高めたのは、夫でもあるSEEDAをフィーチャーした先行カット“91”の清冽な美しさだろう。これまでもILL BOSTINOを交えた“WISDOM”などでコラボしていたふたりだが、サシでの絡みはSEEDAの“花と雨”(2006年)にEMIが歌声を入れて以来となる。

「実は“花と雨”を作った後、20歳くらいの時に、たしか“異端児”と“MUSIC”という曲のどっちかで一緒にやらないかと誘ってくれていて一緒に作りはじめていたんですが、その時はいろんな事情があり流れてしまって……。EMI MARIAとして知られるようになったのも“花と雨”で、この2、3年で新しいスタートを切れたのも彼がいるからであって、いつも私のスタートの場所にいてくれるというか、そういう存在で。で、何となく今回は絶対SEEDAに入ってほしいと思ってオファーしました」。

 ちなみに意味深な曲名の数字については、「彼がトラックに合わせてノリで〈~~~I ain't one♪〉って歌ってたのを私が〈Nine One〉って聴き間違えて、そのまま“91”になった感じで。数字に意味があってほしかった方には申し訳ないです(笑)!」とのこと。

 ともかく、同曲の陶酔的な聴き心地の良さは『EUPHORIA』全体のトーンをある一面で象徴するものでもある。アーティストのプロフィールに結婚や出産といった出来事が加わると、以降の創作にテンプレ的な先入観を抱いてしまう人もいるかもしれないが(もちろんそういう曲自体が悪いわけではない)、彼女に関していえば、個性的なトラックメイクやコーラス・ワークも含むトータルな意味での音世界をクリエイトするという、処女作『Between the Music』(2007年)からの作法は変わっていない……どころか、これまで以上にその進化は野心的なものだ。アンビエント・タッチで綴られた“ONE OF THEM”での幕開けにFKAツイッグスジェネイ・アイコを連想する人もいそうだし、そこから流れ込むエクスペリメンタルな大曲“I AM WATER”やしなやかなディスコ・ファンク“#Perf #Girls #Love #Selfie(perfect girls)”、都会的なヒップホップ・ソウル“TOKYO”などなどの好曲たちは、絶妙な体温を帯びたヴォーカルによってひとつの世界を織り上げている。自分の人生を堂々と生きるゴーゴーダンサーやストリッパーの友達にインスパイアされたという“GIRL LIKE GANGSTA”や生活の匂いをさらりと言葉にした“IN YOUR T-SHIRT”などリリックの好ましい深度も歌と音に分かち難く結び付いていて、「今回のアルバムは本当全曲が好き」という本人の言葉を待つことなく、これはちょっと圧倒的な傑作だ。

 ほぼ全曲を共同で手掛けたクリエイティヴ・パートナーは、長らくトラックメイカー/DJとしてEMIを支えてきたNAOtheLAIZA。最近だとNORIKIYOKOWICHIサ上とロ吉らのプロデュースも手掛ける敏腕だが、彼女とのコンビネーションにはやはり特別なものがある。今回アルバムを仕上げるうえで彼女が意識していたことは何なのだろう。

「絶対どこかで新しさを感じるサウンド、ですかね。意識してたのはそれだけで、これからもっとそこを意識した曲作りをしたいって2人で話してます。たくさんの人に理解はされにくいかもしれませんが、流行を追うというより、感情のままに絵を描くような音楽をこれから少しずつ作ってみたいです」。

 アルバムの幕切れを煌びやかに飾るのは、EDMテイストのダンス・ビートにリリカルな言葉の響く“TONIGHT”。曲作りの時間帯が「ほぼ深夜ですね! それか、朝4時頃みんなが起きる前に起きて作るか……」という話にママとしての奮闘も覗かせつつ、ここからさらに純度を高めていくであろう表現の行方が楽しみでならない。

「『Between the Music』以来、私の周りにはたくさんの人がいてくれてて。変に期待に応えようとするたびに自分が何が本当にしたかったのか、わからなくなっていった部分もあって。でもいまは完全に自分が何がしたいのか明確なんです。出産のお休み期間のおかげで本当に自分の中の毒が抜けて。 誰かの期待に応える必要もないし。いまは音楽を仕事としてできるようになる前の、16歳くらいの自分の気持ちなんですよね。朝起きるたびに音楽に対して情熱が溢れているし、『EUPHORIA』でも自分のやりたいことは半分達成できたけど、まだ満足できてないし、次も楽しみにしていてほしいって、心から思ってます」。