写真提供/COTTON CLUB 撮影/米田泰久

 

天真爛漫な完璧主義者が作り出すアルバムごとの別世界

 5月24日に現代ハンガリー音楽の中心人物として知られる女性ヴォーカリスト、サローキ・アーギが初来日を果たしCOTTON CLUBの満員の観客を見事に沸かせた。ライフワーク的に民謡や子どものための曲を歌い、“伝承のミューズ”としての印象が強かった彼女だが、ライヴもインタヴューもそれとは違う完璧主義的なアーティスト気質が浮かび上がってくるものだった。

 まず驚かされたのが、メンバーはマイナーチェンジ程度なのに、彼女の中ではアルバムごとに全く違うプロジェクトチームとして認識されているということ。今回の来日も日本で大ヒットした『想い焦がれて』をコンセプトにしたもの。「トラッド歌手として知られる自分の殻を破りたかったし、ハンガリーの戦前ジャズ音楽を純粋なジャズスタイルで演奏したアルバムはまだなかったと気づいたのです。ハンガリーの人たちにとっても、自分にとっても特別な作品になると確信していました」と言う同作。選曲、編成、アレンジの全てがそれに基づいたステージで、彼女をメインストリームのジャズシンガーと捉えた観客も多かっただろう。それほどに完璧に作り上げられた世界だった。

【参考動画】サローキ・アーギの2014年作〈ひとめぐり~歌とおはなし〉収録曲“Kongo Bolt”
2015年のライヴ映像

 

 一方で「『ひとめぐり』のサウンドの変化は、ほとんどを共に作曲したギタリストのフェニヴェシ・マールトンの影響が大きいです。彼はクラシック、ジャズ、エクスペリメンタルなど多彩なスキルを持つ作曲家です」と語る最新作。それまでの作品で見られたハンガリーの伝統色を大きく離れ、大胆にワールドポップの要素を盛り込んだ作品だ。フェニヴェシは同じく先月に初来日したヴェラ・ジョナスや、日本のジャズファンに人気の女性歌手ニコレッタ・セーケのバンドメンバーとしても活躍。同作は絵本形式の特別版も同時に発売されているのだが、単に子どものためというわけではなく「減少するCDショップより、幅広く展開しているチェーンの本屋に置かれる方が自分の音楽を手にとってもらえるから」とビジネスに対しクレヴァーな一面も見せる。チャールズ・ロイドの30年ぶりのブルーノート復帰作にも参加した天才ツィンバロム奏者ルカーチ・ミクローシュのワンポイント起用も話題のクリスマス・アルバム『天の喜び、地の祝福』の室内楽的サウンドも彼女自身のアイディアだと言う。

【参考音源】サローキ・アーギの2014年作〈ひとめぐり~歌とおはなし〉収録曲“Pulaku”

 

 質問にも「それは『ラメント』のことですか?」とアルバム名を挙げて問い返すことが何度もあり、作品ごとの世界観によほど強いこだわりがあるのだと感じられた。天真爛漫で穏やかな語り口と、類まれな美声の向こうに複雑な音楽チャンネルを備える彼女の次の作品が全く予想できなくて、楽しい。