(C)2013 BANDAI VISUAL, BITTERS END, OFFICE KITANO

 

 もちろん僕らはジャ・ジャンクーの仕事を純粋に映画として愛するが、その一方で、中国映画の大作や一般的な報道ではうかがい知れない1990年代後半以降の“中国の現在”について、彼の映画から多くを学んできたともいえる。そんな彼の最新作は、これまでの主題を継承しながらも、かなり大胆な新機軸を打ち出すものだ。冒頭近くで早くも鳴り響く数発の銃声にはじまり、それまで潜在的に彼の映画でうごめいていた“暴力”がいまや前面に押し出され、かつて香港を中心に培われた“武侠映画”――中国流時代劇=アクション映画――の伝統への回帰が見て取れさえする。

 (C)2013 BANDAI VISUAL, BITTERS END, OFFICE KITANO

 

 「わたしは文革の終わりに10代を過ごし、封建的で古いものとして否定されてきた“武侠映画”に触れることができるようになった世代に属します。これまでそうした要素がわたしの映画に影響してこなかったのは、“日常性”に重きを置いてきたからでしょう。一方、今回は“極端なもの”を取り上げることにし、登場人物らは一様にドラマティックな設定に置かれます。孤立し、選択肢を失って、追いつめられた状態にある。確かに彼らは犯罪に走りますが、お金や私利私欲のためというより、人間としての尊厳を取り戻そうとしたり、自分の成功ややりがいを求めてのことで、いわば突破口を探すための行為なのです。そんな矛盾した極限状態に置かれたがゆえの民衆の反逆とも形容できる暴力の爆発や発露は、武侠映画やそのもとになった中国文学の伝統と通じるものがあるように思えます」

 (C)2013 BANDAI VISUAL, BITTERS END, OFFICE KITANO

 

 こうして今回の作風の変貌にも、単なる娯楽性への接近であるどころか、“中国の現在”への映画作家一流の鋭い観察が介在していることが明らかになる。

 (C)2013 BANDAI VISUAL, BITTERS END, OFFICE KITANO

 

 「中国はセルフメディアの時代に突入しました。かつてのマスメディアとの違いをいえば、たとえば、映画で描かれたような事件に関して、かつては一つの事件だけ報道され、あらかじめ選別された情報が伝えられていましたが、現在では似通ってはいるが、微妙に違うさまざまなケースについての情報が飛び交っている。そんな情報の捉え方の変化に啓発され、今回の物語を構想しました。一人の人物とその周辺に焦点を当て、その人物が過ごす一日の流れを丹念に追う、といったこれまでの方法とは異質な、互いに互いを知らないままに、しかし登場人物たちが同じ問題を共有する……との本作における世界観は、まさにセルフメディアの時代を背景にしています。映画で描かれた人々もそうであるように、現代社会の過剰な情報は人を迷わせ、方向性を失わせる危険もある。それでも公共の場での話し合いが実現し、一般の意志が表に出るようになった点だけをとっても、セルフメディアは現在の中国において極めて重要な役割を果たしているのです」

 

映画『罪の手ざわり』

監督・脚本:ジャ・ジャンクー 
音楽:リン・チャン 撮影:ユー・リクウァイ
出演:チャオ・タオチァン・ウーワン・バオチャンルオ・ランシャン/他
配給:ビターズ・エンド、オフィス北野(中国・日本 2013年)
◎5/31(土) より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー 
http://www.bitters.co.jp/tumi

 

ジャ・ジャンクー監督レトロスペクティブ開催決定!

会場:吉祥寺バウスシアター
◎4/19(土) 〜5/2(金)、『一瞬の夢』『プラットホーム』『青の稲妻』『世界』『長江哀歌』『四川のうた』 *全6作品35mmプリント上映!
http://www.baustheater.com