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ヴィゴ・モーテンセン主演「ギリシャに消えた嘘」ソフト化、偽りの顔の裏にある偽らざる真情と真実描き出す〈3つの仕掛け〉

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映画の二つの顔

 原題は「一月の二つの顔」。一月(January)とは、その語源となったヤヌス(Janus)、つまり、頭の前後にそれぞれ顔を持つ神のことで、主人公たちが各々に持つ二つの顔を暗示している。裕福な旅行者に見えるV・モーテンセンは実は投資家を欺く詐欺師だし、ガイドのO・アイザックも観光客の買い物の釣銭を掠め取って生きている。さらに、ある殺人を契機に彼らが辿る逃避行の中で、彼らは偽りの身分を騙ることにもなる。それだけではない。この映画は、彼らの偽りの顔のさらに裏にある、偽らざる真情と真実を描き出す。そのための仕掛けを、この映画は3つ持っている。 

 【1】ショットの連鎖。彼らの出会う冒頭。アクロポリスでアイザックが、ギリシャ神話のテセウスとその父との行き違いが招く悲劇を物語るショットに続いて、モーテンセンが画面に登場する。また、アイザックが父の葬儀に欠席した彼をなじる母親の手紙を読んでいるが、ふと目を上げる次のショットに、モーテンセンの姿を捉える。ショットの連なりが「父と子」という角度でこの二人を眺める視点を導入してくるのだ。

 【2】視線のドラマ。カフェに座るアイザックが、正面の女友達の肩越しにモーテンセンとその魅力的な妻K・ダンストを見る場面。女友達は彼のダンストへの視線を牽制するが、アイザックは「いや、父に似た男の方を見ているのだ」と言う。彼は本当はどちらを見ていたのか? 視線の先に何を見るのか、を巡る(ヒッチコックを思わせる)サスペンスは後の場面で反復され、それが洗い出すように「父と子」の主題は鮮明になっていく。

 【3】手の動作。モーテンセンがアイザックの肩に手を置く仕草に目を引かれる。彼らがやがて互いに反目し憎悪を募らせていくにも関わらず、この仕草は繰り返され、ついには目前の警吏から逃げおおせるかどうかという劇的な(ヒッチコック的な)クライマックスに、この仕草が現れる。それがあの胸の詰まるようなラストシーンと結ばれて行くとき、「父と子」という「顔」は、もはや正面から我々観客を見据えているのだ。

ホセイン・アミニ,ヴィゴ・モーテンセン ギリシャに消えた嘘 VAP(2015)

監督:ホセイン・アミニ 
原作:パトリシア・ハイスミス
出演:ヴィゴ・モーテンセンキルステン・ダンストオスカー・アイザック/他

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