リー・リトナー

 

 先日、梶ヶ谷で約束が出来て246を下った。途上、18時を迎えたのでNHK-FM『夜のプレイリスト』の再放送に耳を寄せた。各界の著名人が擦り切れる程聴いた青春の一枚を全曲紹介しながら思慕を語り下ろす、この1時間番組が最近の灯ともし頃の定番となっている。この日は「角界のコメント王」と呼ばれる元大相撲力士で「DJ敷島」の異名も持つ音楽通の敷島勝盛氏が、キャノンボール・アダレイ・ウィズ・ビル・エヴァンスの名盤『KNOW WHAT I MEAN?』(1961年NYC録音)をかけて熱弁する回だった。「失恋する度、何度も何度もこの曲を聴き倒しては立ち直ってきた」的な談話付きで流れた2曲目《GOODBYE》の中盤で小雨降る新二子橋を渡る。左手に二子橋の横を上る東急田園都市線の車内灯が渋谷方向に流れてゆく。多摩川を渡り切れば川崎市高津区、数分走れば梶ヶ谷の交差点だ。そう、都心から川崎の市街地への所要時間は大概、(貫通聴きしたい)JAZZのアルバム一枚分を堪能するにも満たない。そんな不完全燃焼気味の距離感、耳の渇きの記憶が自然と選ばせるのだろうか、なぜか川崎方面からの帰路はJAZZの、それも流れる夜景と相性の良いFUSION系を丸一枚(時には迂回さえして)、聴きながら戻る習わしが昔から根付いている。10連奏CD再生機がiPodに変わっても、それが「川崎とJAZZとじぶん」の関係だ。事実、横浜中華街から1号横羽線を上って浜川崎⇒大師間の工業エリアを通る際にはボブ・ジェームス&アール・クルーの『ONE ON ONE』が、あるいは第三京浜の京浜川崎ICを過ぎて瀬田方面の灯を仰ぐ地点ではリー・リトナーの『The Captain's Journey』が車内に流れていたという記憶が、折々の日付や心理、助手席の相手の表情は忘却しても脳裡に刻まれているから面白い…どちらかといえば普段は“籠りのオジちゃま的要素”の濃いじぶんが、今回の原稿執筆を引き受けたのも専用HPの開催コンセプト欄に〈「かわさきジャズ」は、川崎のまちや土地の記憶に寄り添いながら、「多様性」「コラボレーション」をテーマに、音楽をとおしたさまざまな出会いと交流の機会を創出します。〉という文面を認めたからだ。

 

リシャール・ガリアーノ

 

 川崎市では2011年より『モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン・イン・かわさき』を4年連続で開催し、その成果と精神を継承するかたちで今秋から発展改組、新たに『かわさきジャズ2015』と銘打って目出度く再生するという。主催側が掲げるMUSIC(音楽公演)×PEOPLE(地域交流・地域資源活用)×FUTURE(人材育成)の「3つのミッション」をもう少し噛み砕くと、「川崎ならではの音楽鑑賞会の提供」「地域の資源を活かしたプログラム」「川崎で音楽に親しむさまざまな人をサポートする」の三大主旨が謳われているわけだが、これが近年よく見かける町おこし/街おこし狙いのありがちなフェス宣言と似て非なるものと映るのは「川崎ならでは」の前提が自信と強度を有しているからだろう。もちろん“モントルー”という伝統の冠を借りて持続してきた関係陣の4年間の経験則をして焚かれた気合いの狼煙がそう想わせる最大の理由に違いないが…東京に生まれて育ち、10代の早くから様々な音楽を愉しむ地の利にも恵まれて耳を成熟させてきたじぶんのような人間にもYOKOHAMAやKAWASAKIは昔からそれぞれに独特の憧憬を抱かせる文化ゾーンである。YOKOSUKAやSHONANと並びTOKYO育ちが稀なおのぼりさん気分(登山用語ならば「おくだりさん」か)を味わえる主要因は、アノ「川を過ぎる」「鉄橋を越える」「橋を渡る」という儀式性、ハレとケの往来を経て「音楽を聴きに行く」という耳の盛装感のようなものが作用するからに違いない。

 

ロン・カーター

 

 ところで今夏は五輪エンブレムが何かと話題を呼んだが、HPでも見られるKawasakI Jazzのロゴデザインがなかなかオツで、一見地味にも映るが眼が慣れてくるとむしろ「ジャズ・フェスティバルの持つライヴ感や即興性とジャズのノイジーな雰囲気を、偶発性を感じさせるデザインで表現」と確信的に選定したであろうスタッフ陣の意図が納得できる。HP上の説明は続けて明解にこう綴られている。「また、骨格のはっきりしたオーソドックスなゴシック体を母体とすることで、産業都市として発展してきた川崎のまちの歴史と力強さを表現しました」、そう聞けば何やら文字がスウィングしだして、フェスへのいざないを発揮するから効果は高い。Music×People×Futureの多彩ぶりはHP掲載の出演者の豪華さや、会場毎のプログラム(有料/無料を問わず)で一目瞭然だろうが、とりわけ日替わり講師陣で開講するジャズ・アカデミー(残念ながら申し込み受付は終了とか…)は次回以降も「かわさきジャズならでは」の売りにしてほしい試みだ。ピーター・バラカン氏の「自由を得て進化し続けるジャズ」とか林家正蔵師匠の「厳選!“ジャズの名盤&愛聴盤”紹介」なんて内容告知を読むと「全5回:5000円(定員120名)」のSOLD OUTが悔やまれる。じぶんはそうだな、J列車で川を渡ってイヴァン・リンス(ミューザ川崎シンフォニーホール)を聴きに行こうかな。枕木のリズムに揺れて川崎まで!

※文中登場の専用HPは、かわさきジャズ www.kawasakijazz.jp/

〈かわさきジャズ2015〉
会期:2015年11月14日(土)~11月23日(月・祝) ※プレイベント9月24日~
会場:
ミューザ川崎シンフォニーホー、ラゾーナ川崎プラザソル、クラブチッタ、新百合トウエンティワンホール、昭和音楽大学テアトロ・ジーリオ・ショウワ、洗足学園音楽大学ビッグマウスほか川崎市内各所
公演数:
・有料公演 11公演
・無料公演 24か所約30公演(予定)
主催:かわさきジャズ2015実行委員会、川崎市
共催:洗足学園音楽大学、昭和音楽大学、株式会社チッタエンタテイメント、川崎市文化財団
後援:川崎商工会議所、川崎市観光協会、「音楽のまち・かわさき」推進協議会
協力:ぴあ株式会社