ねぎぼうずを久しぶりにみた。そして、空がひろい。畑があり、山がある。

 ひとつ屋根の下に暮らす。

 食べる。畑しごとをする。飼っている鶏の、山羊の世話をする。

 ことばにするとシンプルだ。生きていくにはこの基本が揺るがねばいい。このシンプルさはじつにこまごまとしたことどもでできていて、それを日々こなしていくのが自給自足の生活だ。

 なぜこの4人が一緒にいるのか。わかることもあれば、わからないこともある。ねずみが屋根裏を走り回る。だから、ねずみよけにねこを飼う。やってきたねこがトムだ。

 この骨格がくずれることはない。大きなドラマはおこらない。何かあっても、ほんのちょっとした偶然からおこる。短いスパンでみると良くないことでも、より長くみてみるとかえって糧となったりする。

 都会化というのだろうか、まわりのこと、日々の雑事に追われ生活をおくっていると、こうした作品をとおして、あ、こんな時間が、こんな生活がある、と気づかせられる。

 ――近い時間ばかりみていたらかえって何もみえてこないものよ。はるか遠くをみられたりすれば、近くがみえてくることもある。ぼー、っとでもいいからね。

 

 

 TVドラマとしての質感。作品には作品の時間があり空間がある。でも、みる側は自分のいる環境に作品を引き寄せる。まったくべつの、なら絵空事の意識がはたらくし、どこか近いところがあると、親近感が持てる。画面は、むこうの、とことことトムが歩く畑の道へとつながった通路のよう、にもみえる。

 原作は石井桃子。たとえ作者の名はぴんとこなくても、『クマのプーさん』『たのしい川べ』『うさこちゃん』『ちいさいおうち』の訳者として、『ノンちゃん雲に乗る』の作者としてなら、その存在は想いだされるにちがいない。『山のトムさん』は1957年に出版され、いまも読まれつがれているロングセラー。今回のドラマではいつと特定できないけれど、いまとしてもあまり違和感のないつくりになっている。電子レンジも携帯電話もネットもない。

 もともとは作者自身が戦後に東北で過ごした体験がもとになっている。終戦から12年して出版され、以来現在まで、その時期その時期、読まれ方も変わっただろう。第一次産業はいつでも生きるために大切な、立ちかえるべきものとしてある。いまだったらTPPやモンサントの問題と重ねることもできるはずだ。

 ――この土地に暮してつくづく土ってスゴいなあとおもうのよ。

 ――土とつきあうのもなかなかタイヘンですけどね~。

 ――タイヘンで面倒なこととつきあわないようにすることが快適とおもいこんで、じつはかえってつらいおもいをするようになったのかもしれないわね。

 中心的な人物を演じる小林聡美。小林聡美でつくられる空気がある。あっけらかんとしていて、そのことばと口調が、つい、耳をかたむけさせられてしまう、とでもいったらいいか。自給自足をしながら、ときどき、東京へと出掛けてゆく。夜には机にむかってしごとをしていることがある。今回の脚本は群ようこだから、映画『かもめ食堂』のつながりを感じさせられもする。

 ところどころに石井桃子訳の本の名がでてくる。このドラマの主人公はすこし暗示はさせていても原作者ではないし、時代だってちがう。むしろ石井桃子の本がつぎつぎに読み継がれていることが示されて、そっとその訳者への、『山のトムさん』への敬意となっている。

 近くの農家のひとがいろいろとアドヴァイスをしてくれる。つくった野菜やお菓子を持ってきたりする。獣医さんが寄ってくれる。駅ちかくの売店で店番をしているおばあさんがいる。それぞれの人たちは大きな主張をするわけではない。はなしにだけでてきて、姿がでてこない人たちもいる。でも、顔をあわせればことばが交わされる。ことばが、声があれば、何らかの感触を、イメージを持つことができる。ひとには顔がある。あたりまえのことだが、そんなことをおもいだす。都会の生活のなか、たとえば今日、ふれながらも、いま、おもいだせる顔はどれだけあるだろう。

 鳥や虫の音がそのままに。むやみに音楽はかぶってこない。ところどころ、インターリュードのように、ちょっとはいってくる。チェンバロだったりピアノだったり、あるいはバンドネオンとピアノだったり。印象的なのは《聞かせてよ愛の言葉を》。古いシャンソンだった曲を、大貫妙子が日本語で歌う。1小節ずつのはじめの音が、ちょっとよわくはいって、ふわっとすこしだけふくらんで、またすぐしぼむ。エンディングではその紡錘形が小松亮太のバンドネオンとシンクロする。

 東京の編集者が訪ねてくるシーンがある。コミカルではありながら、もしかするとあまり笑えなくなっているかも、ともおもったりしないでもない。それはともかく、自給自足的な生活や都会をはなれて暮すことを憧れや口先のきれいごとではなく、生きること、生きていくというあたりまえでいながらも最重要なことを、いろいろ考えたり想像をめぐらしたりする。このドラマがそんなふうなきっかけになる。

 

 

WOWOW ドラマW「山のトムさん」
出演:小林聡美/市川実日子光石研高橋ひとみ伊東清矢佐々木春樺木南晴夏ベンガルもたいまさこ
原作:石井桃子 「山のトムさん」(福音館文庫)
監督:上田音
脚本:群ようこ
音楽:大貫妙子
○制作プロダクション:ERICE COMPANY 
製作著作:WOWOW
上映時間:1時間57分
12月26日(土) 夜9時放送

野に立ち、空をみる。
今だからこそ、感じたい、石井桃子の世界に、
「パンとスープとネコ日和」のプロジェクトが、素直に果敢に挑みました。

あらすじ
東京で暮らしていたハナ(小林聡美)は、友人のトキ(市川実日子)と、トキの子供トシ(佐々木春樺)と、慣れない田舎での生活を始めます。そこに中学を卒業したばかりのハナの甥アキラ(伊東清矢)が加わり、四人の新しい家族の暮らしが始まります。近くに住み、何かと相談にのってくれるゲン(光石研)とシオリ (高橋ひとみ)の夫婦に助けられながら、少しずつ慣れていく畑仕事の毎日が続きます。そんな中、ネズミ退治の目的で飼われた新しい家族、猫のトムがやってきます。やんちゃな猫トムに、少しだけ振り回されながらも、人間と動物達が、やがては楽しく共生して行く、そんな田舎暮らしのお話です。

○オフィシャルサイトにてプロモーション映像公開中!
www.wowow.co.jp/dramaw/tom/

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