ブリティッシュの誇りを胸に、軽いフットワークで自由に境界線を飛び越えてきたシーンの最重要MC。その折衷的な音世界は20年を経てなお拡張している……

 サウス・ロンドンはストックウェル出身のロドニー・ヒルトン・スミスが、ルーツ・マヌーヴァの名で最初のシングルを発表してから20年。それ以前からの別名義での活動を含めるともっと長いが――これだけのキャリアを通じて前線にポジションをキープし続けているラッパーというのも、特にUKではそういるものではない。ニンジャ・チューンのヒップホップ・レーベル=ビッグ・ダダから、99年に最初のアルバム『Brand New Second Hand』を発表して以来、彼は常に己の表現を新しく磨き上げてきた。

 「ニンジャ・チューンと契約したのは98年のことだったけれど、いまにして思えば、自分が本当の意味で〈変えられた〉のは、契約して最初にやったツアーをやった時の経験だったね。ツアーで一緒だったのは、まだ有名になる前のMrスクラフにミックスマスター・モリス、ネオトロピック、DJフードにアモン・トビンもいて、そういうバラバラな連中が一台のツアーバスに詰め込まれて、共にツアーをサヴァイヴし、この世界でしばらく共生することになったという……あの経験が自分にとって、現在までの活動の燃料みたいなものじゃないかな。もちろん、そのすべてが楽しかったってわけじゃないよ(笑)。ただ、ああいうシチュエーションに無理矢理押し込まれたこと自体がアメージングだったし、それを通じてロンドンだけじゃなく〈その向こう〉にあるものを見ることができた。あのツアーが俺に世界への目を開かせてくれたんだよ」。

ROOTS MANUVA Bleeds Big Dada/BEAT(2015)

 もともとUKのラッパーにはエクレクティックな人が多いと思うのだが、頑固なヒップホップ信者としての表情と柔軟な音楽家としての側面を併せ持ったルーツ・マヌーヴァの姿勢は、自身の作品はもちろん、多彩なコラボレーションの実例からも明白だろう。そして、「多様性があってワイドな幅を持たせた、可能な限り開放的で広々とした作品」というヴィジョンに立って制作された4年ぶりのニュー・アルバム『Bleeds』においても、そのスピリットに何ら変わりはないようだ。

 「今回のアルバムというのは、いろんな人々の異なったマインドを繋ぎ合わせようとするリアルな実験だったんだ。複数の頭を持つオーディオ・チームに後方で援護してもらうことにして、逆に自分だけで朝飯前に作れるようなものはやりたくなかったんだよ。今回はまず俺が自分で作った40ぐらいのベーシックなアイデアを、いろんなタイプの連中に渡してみるところから始まったんだ。それをフレッドがいろいろといじりはじめて、それを他の連中が手掛けたものに混ぜ合わせていったんだよ。その後はパーツをスムースに繋げる細かいポイントやピースを見つけ出していく作業に近くなっていったね。アルバム1枚に相当するマテリアルは集まっていても、耳にした人に〈おや? これはおもしろいぞ!〉と感じさせるような何かをクリエイトすることのほうが究極のゴールだった」。

 イーノの薫陶を受けたロンドンの若駒でルーツ・マヌーヴァも「他の連中とは違うヒネリを持ってる」と絶賛するフレッドをはじめ、先行シングル“Facety 2:11”を手掛けたフォー・テット、さらにスウィッチやマシーンドラムらが、本人が言うところの〈スーパー・チーム〉を形成している。また、そうやって生まれた多様な楽曲をアルバムとしてまとめる「いわば、後始末役(笑)」を務めたのがエイドリアン・シャーウッドだ。彼らの創造性がひとつに束ねられることで、『Bleeds』はルーツ・マヌーヴァの新たな代表作となりそうな風格を手に入れた。レゲエの影響も色濃い語り口に、トリップ・ホップやグライムを通過してきたヴェテランならではの折衷性と、シンプルな進取の気性がミックスされている。ちなみに、そうした自由な越境を獲得するきっかけとなったのは、先述の初作リリース時に行ったUSツアーでの実感だったそうだ。

 「当時ロンドンでレコードのディグに夢中な連中ってのは、他の何よりも強烈に、USの東海岸シーンに対して過剰なオブセッションを抱いていたんだよ。ところがいざアメリカに行ってみたら、みんなが夢中になっていたのはリル・ウェインやキャッシュ・マネーの連中だった。彼らは99年の時点で、それこそトラップのはしりみたいなことをやっていたわけだよね。それは当時の俺からすれば未知なエイリアンの音楽みたいで〈こりゃ何なんだ!?〉と思ったよ(笑)。俺はロンドンでずーっと東海岸のヒップホップを聴いてきたのに、その頃アメリカではもう誰もブーンバップのスタイルなんて聴いてなかった(笑)。でも、そこで俺は〈ああ、なるほど!〉って感じたんだ。何であれ、最初にそれをやるのは誰か?という点が大事で、それをやってみようとトライすることがヒップホップなんだなって」。

 そんな気風こそが、ルーツ・マヌーヴァをアーティストとして現役たらしめているのは言うまでもないだろう。