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ステレオラブとポーティスヘッドを足した感じ

――先ほど、〈BGMとして聴き流せるような音楽〉とおっしゃいましたけど、本作をヘッドホンで集中して聴くと、各フレーズの幾何学的なレイヤー感や音像としての立体感などが非常に緻密に考えられていて、聴き込めば聴き込むほど発見がありますよね。とても気軽には聴き流せない(笑)。

「そうですね。限りなく打ち込みに近い音像にしていますが、完全な打ち込みだときっとこういうふうにはならないんですよ(笑)。『ghost is dead』というタイトルなのも、どこか〈気配〉みたいなものを感じる音像というか。最近、SounCloudにアップロードされている音源などを聴いていても、打ち込みで完パケている音楽って、そういう〈気配〉のない曲が多いのかなと思って。ミニマルにグリットを揃えていくにしても、そのへんはちゃんと残したいなと思いました」

――マイクが拾う部屋鳴りとか、そういうノイズが〈気配〉の一つだったりするのかもしれないですね。神田さんとは、事前に打ち合わせなどしたのですか?

「レコーディングの前に一度だけミーティングしています。その時に、最近聴いている音楽について話したりしました。例えば笹原くんはFKAツイッグスの名前を挙げていましたね。もちろん、それをそのままやるということではなくて。」

――ああでも確かに、FKAツイッグスの、特にアルカがプロデュースした楽曲に通じる部分はあるかもしれないですね。楽器の形が見えないアンサンブルというか、抽象的な音の配列で音像を作っていくようなところが。

「そうですよね。バキバキの打ち込みにはない、有機的な匂いもあるっていう。得体の知れない感じが似ているかもしれない。楽器の形が見えないのは、ギターをギターらしく弾くだけのスキルがないだけかもしれないですけど(笑)。〈タラリラリラ~〉って流暢に弾けないから、最初の〈タ〉と最後の〈ラ〉だけ弾いて、その隙間を他の楽器が埋めていくという」

FKAツイッグスの2014年作『LP1』収録曲、アルカのプロデュースによる“Lights On”

 

――まさにポスト・ロック的な発想ですよね。

「昔からステレオラブが大好きなんですけど、彼らもライヴだと演奏すげえ下手じゃないですか、単なるガレージ・バンドみたいな(笑)。それでもミニマルなフレーズをレイヤーしていくことで、あんなにクールかつ豊かなアンサンブルになる」

――最近の若いポスト・ロック・バンドは、みんな演奏がめちゃくちゃ上手いですけど、でもスパングルやステレオラブの影響を強く受けていたりするからおもしろいですよね。

「そう、若い人たちはみんなテクニカルなんですよ。僕なんか、とにかく練習が嫌いだから……(笑)。90年代は下手なほうがカッコイイという風潮がありましたけど、いまは下手だとディスられますからね」

――〈下手なほうがカッコイイ〉っていう風潮、90年代は確かにありました(笑)。

「それに、笹原くんは写真家でもあるから考え方がすごく抽象的なんです。色や光、トーンなどに例えたほうがイメージが伝わりやすい。大坪さんもすごく感覚的な人だし、音楽用語やテクニックでは誰も会話ができないんです(笑)。きっと僕らが楽譜を書けて、演奏テクニックを持つバンドだったら、全然違うサウンドになっていたでしょうね」

ステレオラブの94年作『Mars Audiac Quintet』収録曲“Ping Pong”

 

――今回もアートワークの写真は笹原さんが担当されたそうですが、何か具体的なイメージはありましたか?

「昨年の暮れに、五木田智央さんの個展(DIC 川村記念美術館〈五木田 智央 TOMOO GOKITA THE GREAT CIRCUS〉)を観に行ったんですよ。それがすごく良くて、その展示の作品画像を自分のスマホの待ち受けにしているくらいなんですけど。ほとんどがモノクロで、人になる直前というか、人を描いていないのに人に見える、みたいな絵画。そのギリギリの感じがすごくいいなと思って。『ghost is dead』はサウンド的にもヴォジュアル的にも五木田さんの作風に強く影響を受けているんですよね。」

――さっきのFKAツイッグスじゃないですけど、具象と抽象の間の不気味さ、グロテスクさというか。

「そうそう。そこの気持ち良さ、カッコ良さ、クールさみたいなところですね。例えば、いっさい計算されていないような、アンコントロールなだけのペインティングはあんまり好きじゃないんですよ(笑)。かといって、Macを使ってすごくリアルに描いた絵でもない、絶妙なバランス感覚が五木田さんの作品にはあって。何かのインタビューを読んだのですが、意識せずに描いたものが何か具体的なものに見えてきて、そこから描く方向性が決まるらしいんですね。それってすごくわかるなあと思って」

――ある意味、チャンス・オペレーション(作曲や演奏の過程に偶然性が関わること)的な考え方にも近いのでしょうか。

「そうですね。最低限のルールとか演奏技術は用意しつつ、そこで起こる偶然性やコントロールしきれない要素もちゃんと拾っていきたい。ポスト・プロダクションでエディットしまくっていても、どこか予測できない部分が曲のなかにないと、それはそれでつまらないんですよね(笑)」

――確かに。何度も繰り返し聴きたくなるのって、アンコントロールな部分にあったりしますよね。

「そうそう、そうなんです。そこのラインがすごく重要なんですよね。これって、通じない人にはいっさい通じない話なんですが(笑)」

――きっと、大坪さんによる予想を裏切るメロディー展開も、スパングルのなかでアンコントロールな要素の一つなのかなって。

「ですね。大坪さんは歌詞も含めて僕らのコントロール外の要素なので(笑)。〈ええっ!?〉っていうことばっかり。レコーディング当日に歌詞を見て、〈ああ、こっちの漢字なんだ〉〈こういう語感だったんだ〉みたいな。笹原くんは〈もっと、いいこと歌ってる歌詞なのかと思ってた〉とか言ってて」

――アハハハ(笑)。

「しかも、結局意味がよくわからない、みたいな。だけどすぐに意味が理解できてしまうような歌詞だと、かえって興味が湧かないんですよね。作業用BGMにもならない」

――意味がわかった瞬間に安心してしまいますからね。ずっと不安な気持ちが続くのが、スパングルを忘れ難いものにしている理由の一つなのだと思います。そういう意味でも、新作はモノクロ写真的ですよね。被写体の美しさというより、光と影の微妙な階調の美しさを表しているというか。“feel uneasy”にゲスト・ヴォーカルで参加している川辺素(ミツメ)さんの声も、大坪さんの声と混じり合って不安定で魅力的な響きを湛えていますよね。

「実は、川辺君のヴォーカルと大坪さんのヴォーカルがクロスフェードしているんですよ。例えばAメロの歌い出しは100%川辺君の声なんだけど、徐々に大坪さんの声が増えていってAメロの最後は100%大坪さんの声になっている」

――え、そんなことをやってるんですか!

「そうなんです。声のモーフィング。それも、FKAツイッグスっぽい気持ち悪さにちょっと通じるかも」

――確かに、人間の身体や顔のパーツが変容していくグロテスクさというか。先ほど〈アーバン〉というキーワードが出ましたが、この“feel uneasy”をはじめ、アルバム全体にサイケっぽい要素も感じました。

「そのへんもステレオラブの影響なのかなと思います。僕の根底に常にあるのは、〈ステレオラブとポーティスヘッドを足した感じ〉なんです。ポーティスヘッドの音楽って、常にゴーストがいる感じがするじゃないですか。あの不穏な気配と、ステレオラブのひたすら何も起こらない感じ」

――それにしても、結成から15年、常にマイペースで活動を続けながら、新作やライヴを心待ちにするファンをいまも増やし続けているのはすごいことですよね。

「まあ、ずっと続けていると、もう辞めなくてもいいかなという感じになってくるんですよ(笑)。40歳を超えてそのゾーンに達しましたね」

――ハハハ(笑)。そのゾーンに達するまでが大変なんじゃないかなと思うんですけど。

「それはあれじゃないですか、〈(バンドで)何かしてやろう〉と思っていないから。あくまでもバンド活動は趣味というか、5年会わなくても平気でいられる関係というか。〈音楽、キツイなあ〉と思わないようにしてきたからだと思うんですよね。あとは、そういう環境を(作品をリリースしている)felicityが許してくれてるのも、ありがたいことだなと思っています」