カウチに腰掛けて話そうよ、音楽の事を。エナジードリンクでおなじみのレッドブルが始めた音楽の学校は、様々なジャンルで活躍するミュージシャンや伝説のプロデューサーを招き、まず会話することに主眼を置く。同じ目線で、技術的なことはさておき、議論してみようという訳だ。そしてその記録が、一冊の本にまとめられた。

MANY AMERI,TORSTEN SCHMIDT For The Record Gestalten Japan(2013)

 ブルース・マウルネ・クールハウスの“S,M,L,XL”の本のようにマッシブな形に仕上げられ、気軽に持ち歩いて移動中に読もうなどというようなお気軽な気分は吹き飛んでしまう。とんでもないこの本の大きさと重さからこの企みの持続に、言葉を超えた意味を与えようという主催者の隠された意図があるのだろうか。非常に自由にデザインされ、本としての存在感というか出来は抜群である。

 レクチャー形式の講義は、対談や鼎談で進んでいく。収録された講義には、たとえば、バーナード・パーディー×ジャキ・リバツアイトエイドリアン・シャーウッド×リー‘スクラッチ’ペリーエリカ・バドゥー×アンダーアチーヴァーズマティアス・アグアヨ×スライ&ロビーマーティン・ウエア×ナイル・ロジャースといった組み合わせによる講義が収録されている。本からは漏れてしまったが坂本龍一スティーヴ・ライヒもレクチャラーとして名を連ねている。なるほど、面白そうだし、確かに今、こういうことがかけている。

【参考動画】ERYKA BADU “Window Seat”

 

 先日ジャズピアニストのフレッド・ハーシュを取材した時にも教育における同じ問題が話題に上った。コミュニケーションの不在だ。ハーシュは70年代半ばのニューヨークのジャズクラブに通い、伝説のジャズミュージシャンたちから直接いろいろと教えられた。教則本もなく、楽譜もなく、カリキュラムのないクラブで、カウチに腰掛けながら、ああいう時にはこうやったほうがいいんだよと、教わったという。

 この本には、そんな距離感が醸し出すなんともいえないリアルな雰囲気が随所に滲みだす。眼前に歴史が開く瞬間というものは意外にこんな風なのだろうか。そんな仕掛け、それがレッドブル・ミュージック・アカデミーのもつ意味、カウチの重力の意味なんだろうか。この本の重さはしかし、半端ないです。