日本には鍵盤ヒーローの存在が必要

――バンドのなかでの立ち位置が重要という芹澤さんの話がありましたが、別所さんは自身のバンドのなかでの役目はどういうところだと思いますか?

別所「さっきも言った通り、味を整える役目というか、レコーディングの時などに〈ここでこの感じを出したい〉みたいなことをマサナオが言ったりするんですけど、その感じを出すには和声的な部分でどういう音の積み方をしたらそういう感じになるかを整える。ヴォコーダーのハーモニーを考えたりする時に、そのハモが音楽的にどうかというのをディレクションしたりとか、そういう役割ですね。最後の調整をする立場というか。芹澤さんはどういう立場なんですか?」

芹澤「うーん、リハスタでは、ワーッて弾いている時に自分がカッコイイと思うリフとベースラインをずっと弾き続けて、周りがついてくるのを待つ立場です(笑)」

別所「ミニマルな立場ですね(笑)」

芹澤「〈こうします!〉と言うのが俺は苦手だから、密かにカッコイイと思うものを弾いて、周りがキャッチするのを待つ」

別所「スペアザの曲作りはジャムりながら?」

芹澤「きっかけとなるフレーズがあって、それを録音しておきつつ後で掘り返して、じゃあこの曲をどう構築しようか、みたいな」

別所「そうなんですね」

芹澤「フレーズを考える時も、〈このフレーズをこうして入れる!〉って言うのは苦手だから、弾いてみせるような感じかな。俺がバンドの鍵盤として嫌なのは、斜め後方、ドラムよりも目立たない位置で白玉弾いてる、みたいな既存のイメージ。もちろんそれは職人にしかできないことだから、本当はそれもカッコイイことなんだけど。でも……違うじゃん、ガシガシ弾きたいじゃん」

SPECIAL OTHERSの2015年作『WINDOW』収録曲“I'LL BE BACK”

 

別所「それはセッティングにも表れてますよね。普通に考えたらシンセ1台で、内部エフェクトだけでやったほうが楽じゃないですか」

芹澤「そうだね、荷物も少ないし」

別所「でも全然音が違いますもんね」

芹澤「聴いてる側にはわからないかもしれないけど」

別所「それは芹澤さんと出会ってからわかったことで。バンドマンはコンパクト・エフェクターを並べてなんぼだって(笑)」

芹澤「そうそうそう、バンドマンだからね」

別所「でも、キーボーディストでそういうことをやってる人はあまりいないですよね」

芹澤「海外のミュージシャンだよね、やっぱり。俺はジェイコブ・フレッド(・ジャズ・オデッセイ)から思いっきりパクってるから。あとソウライヴニール・エヴァンスとか。昔、そういう人たちのセッティングを写真撮ったり、目で見て覚えたりしてエフェクターを学んでいった」

ジェイコブ・フレッド・ジャズ・オデッセイの2013年のライヴ映像

 

別所「そしてそのエフェクターを俺がパクってるという、ハハハ(笑)」

芹澤「音の研究はとことんしたから」

別所「アンプにもすごいこだわってますよね」

芹澤「アンプなんて何十台試したかわからないくらいやって、いまの形になった。だから変わってるセッティングなのかもね」

――そこがバンドマンぽいですよね。

芹澤「俺はバンドマンぽいことしかできないから」

別所「キーボードをラインで全部出しちゃうとちょっと違うんですかね、みんながアンプで鳴らしてるのは重要なのかなと」

芹澤「そうだね、立体感が変わるからね。もちろん綺麗には出るんだけど、ラインの音はラインの音だから。結局はプレイっていうのはあるけど、逆に言うとこの音さえ出せていればどんなプレイでも説得力が出るという音もあるから」

別所「ほんとそうですね」

芹澤「だからめちゃめちゃ音をカッコ良くすることで、プレイの面で楽する……という考え方もあるよね(笑)」

――いまいくつか影響源となるミュージシャンの名前が出ましたけど、音作りに関してなかでもこの人、というのはいますか?

芹澤「さまざまなんだけど、強いて挙げるならジェイコブ・フレッド(の鍵盤奏者、ブライアン・ハース)と(ジョン・)メデスキかな」

メデスキ・マーティン&ウッドの2011年のライヴ映像

 

――それはさっき言っていた通り、まずセッティングを見て盗んで、という感じですか。

芹澤「そうですね。ジェイコブ・フレッドはライヴではまだ観たことないんですけど、動画を見て、〈なんか緑色の箱使ってるぞ〉となると、それを何とか探し当てたりとか。すごい音がカッコイイんですよ。俺はいまローズ(・ピアノ)を使ってるんですけど、ローズの音は完全にジェイコブ・フレッドの音を模してる。メロディオンを使い出したのもジェイコブ・フレッドの影響。それぐらい多大な影響を受けてる。そんなに有名な人たちではないんだけど」

別所「ローズはいつから使ってるんですか?」

芹澤「25歳くらいからかな」

別所「どんなに小さなライヴハウスでも持って行ってました?」

芹澤「入口から入らないと言われない限り持ってってた」

別所「ハハハ(笑)、そういうこだわりがスペアザらしいですよね」

芹澤「本物じゃないとね、やっぱりね。でもそろそろ身体が辛いからリハに持ってくのは止めたいなと思ってるんだけど(苦笑)」

――別所さんは、音作りに関しては芹澤さんに会ってからどんどんこだわるようになったんですか?

別所「もともとKORGのシンセとmicroKORGというシンプルなセッティングだったんですけど、芹澤さんからローズを買って、それからコンパクト・エフェクターをどんどん揃えるようになりました。流石に全部のライヴで(ローズは)持っていけないんですけど、ワンマンや、フェスでも転換に余裕がある時は持って行くようにしていますね。生のローズだと全然違うので」

――だいぶ芹澤イズムの影響があるんですね。

別所「そうですね。このムーヴメントを日本で盛り上げたいなと思ってるんですよ、密かに」

――このムーヴメントというのは?

別所「鍵盤奏者がちゃんとバンドマンな感じで存在するというか……」

芹澤「(鍵盤奏者は)サポート・メンバーっぽく見られがちなんだよね、どうしても音が前面に出てこないというか。だから日本には鍵盤ヒーローの存在が必要なんだよ。メデスキやロバート・グラスパー、ブラッド・メルドーみたいな存在が必要なんだけど、日本にはいまのところヒイズミ(マサユ機PE’Z)くんしかいないと思っていて。上手い人、カッコイイ人、素晴らしいプレイヤーは日本に山ほどいるんだけど、俺の思う鍵盤ヒーロー像はヒイズミくん」

ヒイズミマサユ機の2010年のソロ・パフォーマンス映像

 

別所「アイコンとして強いというか」

芹澤「何よりプレイが凄まじくカッコイイから」

別所「すごいですよね、バキバキですよね」

芹澤「すごいよね。でもヒイズミくん、機材のことは何にも知らないんだよ」

別所「そうなんですか(笑)。確かに、前にPE’Zのライヴを観に行ったら、結構KORGの61鍵かなんかを使っていて、でもバキバキな演奏してて」

芹澤「〈アンプ、Marshallの1発使ってるんすね〉って言ったら〈1発? 1発?〉って言ってて(笑)。Ohyama(“B.M.W” Wataru)さんが〈あの丸(スピーカー)1個のやつ〉って言ったら〈ああ〉って言ってて」

※アンプに搭載されるスピーカー・ユニットの積載数のこと。〈1基〉のことを〈1発〉と言われたりする

一同「ハハハハ(笑)」

芹澤「ああいう人は、鍵盤を〈大体〉で捉えてるんですよ。(ヒイズミは)すごくいい加減に弾くでしょ。でもそれは凄まじいテクニックがある人のいい加減さ、遊びっていうか」

PE'Zの2012年作『JumpUP!』収録曲“JumpUP!”

 

別所「リズムもすごいタイトですもんね」

芹澤「すごい、あの人は本当にすごい! 俺、前にヒイズミくんと連弾したことがあってさ……でも途中で弾くのやめたもんね、〈もう無理だ〉って。この人とガチで刺し合うのは無理だよ」

――先日ヒイズミさんに取材させてもらった時に、まさにその話をされていました。すごく高いレヴェルでの適当でいい、大体でいいって。

芹澤「理詰めで緻密に繊細に弾くというのももちろん職人的でカッコイイんだけど、あの大胆さっていうのがやっぱりヒーローなんだなと。そういったアイコンとしての力がある人がもっと鍵盤で出てきたらいいのにと思っていて。それはたぶん俺や別所じゃないんだけど……」

別所「芹澤さんですよ」

芹澤「無理でしょー。俺はそのムーヴメントの隅っこのほうで一員としていれれば(笑)」

別所「でも芹澤さんしかいないですよ。そんな人は他にいないんですもん。だからこそ今回対談を申し込んだわけですし」

芹澤「ありがたいね」

別所「鍵盤に対してのアプローチの面で新しい時代を作れるという意味では、ヒイズミさんとはまた別の次元でヒーローだと思いますよ」

芹澤「確かに、鍵盤の捉え方で同じ考え方の人はなかなか会ったことない。みんな鍵盤を鍵盤として捉えているというか」

――いまプレイヤーとしてやっている人は小っちゃい頃から鍵盤を触ってる人が大部分だと思うんです。他の楽器をやっていた人が途中から鍵盤に転向するパターンはあまりないから、その結果生まれるオリジナリティーというのはあるのかなと。

別所「それはありますよね」

芹澤「俺が意識的に大事にしていることがあって、これはディスってるわけではまったくないんだけど、クラシックやジャズに親しんでいる人は何となくお上品な感じがイメージとしてあるんだよね。でも俺は、ビースティ・ボーイズが主宰していたレーベル、グランド・ロイヤル周辺にいたマニー・マークあたりが出してる、DJカルチャー、ストリート・カルチャーと密接な鍵盤の感じを意識してる。日本にもそういうシーンはあるんだけど、あんまりオーヴァーグラウンドにならないというか。でも俺はそういうところに意識的にいたいと思ってるんだよね。そういうカルチャーが日本に根付くといいなと」

ビースティ・ボーイズ“Sabotage”の94年のパフォーマンス映像。マニー・マークがキーボードを担当

 

――ヤセイは、もしかしたら茨の道を通ることになるかもしれないけど(笑)、新たなカルチャーを牽引する可能性を持つバンドかなと思うんですが。

別所「そうですね、まあいろいろクリアにしなきゃいけないこともあるんですが、それもご意見を賜って(笑)」

芹澤「とりあえずまずダイエットだな。デカくなりすぎてる(笑)」

別所「そうですね、そういうとこですよね」