ニューオーリンズ・ミュージックの偉人、アラン・トゥーサンが77歳で他界したニュースを最近読んだ人がおそらくいるかもしれない。ニューオーリンズ・ミュージックのファンであれば間違いなく、まずまずの成功を収めていた自身のソロ・キャリアに加え、彼が非常に卓越したソングライターであり、ピアノ・セッションに引っ張りだこな人物だったことを知っているはずだ。彼自身のヒット曲には恵まれなかったが、彼が手掛けた楽曲は遺産になりそうだ。実に多数のアーティストが長年に渡って彼の楽曲をレコーディングしてきた。アラン・トゥーサンは〈Naomi Neville〉といった別名義でも作曲していたので、彼による楽曲をすべて把握することはかなり難しい。さらに、チャート1位を獲得したパティ・ラベル“Lady Marmalade”、リー・ドーシー“Ya Ya”のように、彼が作曲したわけではないが演奏あるいはプロデュースを担当した楽曲も存在する。偉大な音楽家、アラン・トゥーサンについて深く知る手助けになればと願いながら、彼が作曲した曲でお気に入りを紹介していこう。

 

1. ローリング・ストーンズ “Fortune Teller”

私が最初に買ったアルバムは、ローリング・ストーンズのライヴ・アルバムだった。(後になって、実はスタジオ・レコーディングしたものに観客の声が加えられものだと知った)同曲はA面の最後に収録されており、ヒット曲ではないが、特にドラム・ブレイクがお気に入り。歌詞にユーモラスなストーリーが歌われているのが、アラン・トゥーサンの楽曲の特徴だ。61年にベニー・スペルマン唯一のヒット“Lipstick Traces (On a Cigarette)”のカップリング曲として最初にリリースされた。ザ・フーホリーズなどさまざまなアーティストもレコーディングしている。

 

 

2. リー・ドーシー “Get Out Of My Life Woman”

リー・ドーシーの66年の大ヒット曲。 他にはポール・バターフィールド・ブルース・バンドアイアン・バタフライフレディ・キングジェリー・ガルシアによる人気のヴァージョンも存在する。日本では、ザ・ゴールデン・カップスザ・ジャガーズのようなグループ・サウンズのバンドもレコーディングしている。シンプルながらソウルフルな失恋の曲だ。

 

 

3. リー・ドーシー “Everything I Do Gonna Be Funky (From Now On)”

リー・ドーシーのマイナーヒットに過ぎなかったが、ニューオーリンズ(・ミュージック)のスタンダード・ナンバーとなった一曲。ヒップホップで何度もサンプリングされてきて(デ・ラ・ソウル“Eye Patch”をチェックしてほしい)、ビースティ・ボーイズ“Sure Shot”の歌詞で言及されたことで、さらに人気が高まった。また、ルー・ドナルドソンによるファンキー&ジャジーなインスト・ヴァージョン(アス3など多数のアーティストがサンプリングしている)もチェックに値する。もしリー・ドーシーに馴染みがなければ、ぜひチェックしてみてほしい。トゥーサンが手掛けたも多く、ユルくて愉快でありながら、ソウルフルな歌唱スタイルとダイナミックなパフォーマンスが特徴だ。クラッシュがファンだったこともあり、80年のUS公演では彼をオープニング・アクトに選んでいる。おそらく、いつかアリスタがベスト・アルバム『Wheelin' And Dealin': The Definitive Collection』をリイシューするのでは……?

 

 

4. アーロン・ネヴィル “Hercules”

この曲はボズ・スキャッグスが歌っているヴァージョンを最初に聴いたと思うが、ボズが歌っているのも大好きだが、究極なのはやはり史上最高の声を持つ一人であるニューオーリンズのスーパースター、アーロン・ネヴィルによるヴァージョンだ。また、ポール・ウェラーミーターズもレコーディングしている。

 

 

5. リトル・フィート “On Your Way Down”

高校時代にフランク・ザッパの大ファンで、71年にザッパのギタリストとベーシスト(ローウェル・ジョージロイ・エストラダ)がリトル・フィートというバンドを結成してアルバムをリリースしたとき、すぐに買って愛聴した。73年になってサード・アルバム『Dixie Chicken』がヒットに結び付いたが、バンドのオリジナル曲と共に収録されていたのが、元はリー・ドーシーによってレコーディングされた“On Your Way Down”だった。それは楽曲のラインナップに変化をもたらし、そこからはバンドがブルース寄りの音よりも、ニューオーリンズのフレイヴァーを取り入れるようになった。その後も、エルヴィス・コステロ(アラン・トゥーサンと共演)、リンゴ・スタートロンボーン・ショーティによってカヴァーされてきた。

 

 

6. リー・ドーシー “Holy Cow”

リー・ドーシーによる66年のヒット曲だ。ザ・バンドが73年にリリースしたアルバム『Moondog Matinee』では彼らのスタイルで生まれ変わっている。〈ホーリー・カウ(Holy Cow)〉とはアメリカで使われる驚きを表すの表現だ(有名な野球実況アナウンサー、ハリー・ケリーによって広まった節がある)。ジュールズ・ホランドロッド・スチュワートキングフィッシュなど多数のアーティストによるヴァージョンが存在する。

 

 

7. オーティス・レディング “Pain in My Heart”

オーティス・レディングのデビュー・アルバム『Pain In My Heart』(64年)のタイトル曲で、ローリング・ストーンズが後にカヴァーした。もともとはアーマ・トーマスが“Ruler of My Heart”という曲名で若干異なる歌をレコーディングしていた。彼女のヴァージョンは、リンダ・ロンシュタットノラ・ジョーンズダーティ・ダズン・ブラス・バンドと共演)によって、どちらも良い感じでカヴァーされている。ニナ・ ハーゲンでさえカヴァーしている。しかし、個人的にはいつもオーティス・レディングのヴァージョンに落ち着いている。

 

 

8. リー・ドーシー “Working In A Coal Mine”

66年にチャート8位を記録したリー・ドーシーのヒット曲。強力なグルーヴが流れる、すごくファンキーな曲だ。幾度もカヴァーされてきているが、もっとも有名なのは81年にディーヴォが奇抜な解釈を加えてリメイクしたものだろう。

 

 

9. リー・ドーシー “Sneakin’ Sally Through The Alley”

またまたリー・ドーシーによって最初にレコーディングされた曲。74年にはロバート・パーマーのソロ・デビュー・アルバム『Sneakin’ Sally Through The Alley』のタイトル曲となり、こちらのヴァージョンがより有名だ。同作にはアラン・トゥーサン、ミーターズ、ローウェル・ジョージがゲスト参加している。

 

 

10. アラン・トゥーサン “Southern Nights”

アラン・トゥーサンのアルバム『Southern Nights』におけるタイトル曲だが、77年にはグレン・キャンベルが歌ってチャート1位に輝いた。トゥーサンがチェット・アトキンスと共演してレコーディングしたヴァージョンもかなり良い感じだ。

 

 

11. ハーブ・アルパート “Whipped Cream”

このインスト・ナンバーを日本の音楽ファンがどの程度は知っているかはわからないが、知っていたとしてもアラン・トゥーサンが作曲したことは知らないかもしれない。USで600万枚の売り上げを記録した、ハーブ・アルパートの65年の大ヒット・アルバム『Whipped Cream & Other Delights』に収録されている。さらに、65年から99年にかけて放送されたTVショウ「The Dating Game(原題)」のオープニングテーマに使用されていたこともあり、特定の年齢のアメリカ人ならほぼ知っている曲だ。

 

 

12. トゥーサン “Java”

この曲も、別のアーティストによって大ヒットしたインスト・ナンバーというストーリーが少々似ている。アラン・トゥーサンが〈トゥーサン(TOUSAN)〉名義でリリースして不発に終わったアルバムに収録されていたが、同曲を耳にしたトランペット奏者のアル・ハートがかろうじて2分以内の曲に収めたヴァージョンにして発表。この曲がチャート4位を記録し、グラミー賞を受賞、100万枚以上の売り上げを達成した。この売上の収益を利用し、アル・ハートはナイトクラブの経営をはじめ、フットボール・チーム〈ニューオーリンズ・セインツ〉の株式を購入し、少数株主となることができた。

 

 

13. アーニー・K・ドー “Mother-In-Law”

家族の関係をテーマにしたユーモラスな曲だ。61年にアーニー・K・ドーによってチャート1位を記録する大ヒットとなったが、彼にとって唯一のメジャーなヒットである。私が最初に聴いたのは〈ブリティッシュ・インヴェイジョン〉バンドであるハーマンズ・ハーミッツがカヴァーしたヴァージョンだった。同曲はニューオーリンズのスタンダード・ナンバーとなり、オハイオ・プレイヤーズジェロ・ビアフラといった多様なアーティストによってレコーディングされてきた。アーニー・K・ドーもまた、このヒット曲を活かし、ニューオーリンズでナイトクラブ・Mother-in-Law Loungeの経営を始めた。彼は2001年に亡くなったが、現在も妻が同店を経営し続けている。

 

 

14. ボズ・スキャッグス“What Do You Want The Girl To Do”

ボズ・スキャッグスによるヴァージョンがお気に入りだ。同曲は彼の名盤『Silk Degrees』(76年)に収録されている。しかし、ローウェル・ジョージやボニー・レイット(こちらは性別をBoyに変えて“What Do You Want The Boy To Do”として歌っている)によるものも良い。

 

 

15. リー・ドーシー “Yes We Can”

おそらくアラン・トゥーサンの傑作となるだろう。力強くて希望に溢れたメッセージが流れており、2008年の大統領選挙キャンペーンでバラク・オバマ大統領がテーマ曲として使用した。70年にリー・ドーシーが歌ってチャート46位と控えめにしかヒットしなかったが、73年にポインター・シスターズのデビュー・シングルとしてチャート11位を記録したヴァージョンが決定打といえるだろう。スライ&ロビー、日本のsugar soulなどによってカヴァーされ続けてきている。

 

アラン・トゥーサンが逝去し、世界に悲しみが広がっている。しかし、徹底的にファンキーで愉快でありながらソウルフルで、ニューオーリンズ・フレイヴァーが漂う彼の曲が残っている限り、われわれが彼の音楽を忘れることはないだろう。 

P.S. トップ10を選ぶつもりが12曲になり、15曲になったところで留めたものの、“A Certain Girl”“Ride Your Pony”“Occapella”“Freedom For The Stallion”“Blinded By Love”“Night People”“Play Something Sweet”“I Like It Like That”などを紹介できなかったことを後悔している……。