日本人の尺度でブラック・ミュージックを消化した星野源

「まずは、ちょっと前になりますがアラン・トゥーサンが亡くなってしまいましたね。続々と僕が好きな年代のアーティストが……」

――そうですね、この連載で紹介した方がまた……という感じです。まあ年齢的なことも考えると仕方ないと思う面もありますが、残念なニュースです。

「それはありますね。トゥーサンについては以前、『Southern Nights』(75年)を取り上げたので、そのタイミングで聴いてくれていたら嬉しいなと思いますが、まだ知らないという人は、この機会に聴いてみてもらいたいです」

アラン・トゥーサンの75年作『Southern Nights』収録曲“Country John”

 

――はい、ぜひ! ということで、今年もなんだかんだで最後の回になります。月イチ連載だったはずが、いつの間にか3か月くらいに一度更新される連載になってしまいましたが(笑)。

「そうですね、レア連載になってきてますね、ハハハ(笑)。ではなんとなく今年を振り返ってみましょうか」

――今年は結構新作ものを聴きましたか? この連載でもちょいちょい新作の話はしていましたけど。

「まあ買ったほうだと思います」

――ここ数年は新作をチェックするようになったと、以前おっしゃっていましたしね。

「そうですね。新作を買うという意味では、数年前にフィジカルではなくデータで買うことを個人的に解禁しまして。いまツアー中なので、そこでメンバーとよく話しているトピックとして、僕らはもうiTunesの使い方がわからない」

――へっ!?

「まずiTunesの画面がわからない。ブラウザの開き方がわからないし、同期も上手くいかない……この間、自分のiPhoneを新しくしたんですけど、〈Music〉を開くと前とまったく(仕様が)違うので」

――ああ、なるほど。

「完全に置いて行かれていて。要は使い方がわからないので、またデータから離れるようになってしまった。仕方がないんですけど……」

――ではぜひCDで買っていただければと思います(笑)。

「そういえば、シック(・フィーチャリング・ナイル・ロジャース)が先日来日しましたね。新曲の“I’ll Be There”が良かったり、自分たちのアルバム(『OPERA』)の“TOMMY”という楽曲の冒頭はシックを参考にしたりして、個人的に今年のトピックのひとつかなと思うんです。そんな流れでこの間……リリースされたタイミングは数年前ですが、ナイル・ロジャースとバーナード・エドワーズ(シックのオリジナル・ベーシスト、96年に東京で逝去)の仕事集のボックス・セットを購入して、それを聴いていました。シックだけではなく、シスター・スレッジなどの外仕事も入っていて。ナイル・ロジャースがライナーを書いていて、それもすごくおもしろい」

CHIC Nile Rodgers Presents: The Chic Organization Boxset Vol.1:Savoir Faire ワーナー(2011)

――ほう、そうなんですね。

「実はシックのアルバムをそんなに持っていなかったこともあって、これを機会にきちんと聴こうと思ったんです。デュラン・デュランのベースの人(ジョン・テイラー)がすごくバーナード・エドワーズから影響を受けているという話を聞いたこともひとつの理由です。あともうひとつの大きいトピックとしては、星野源さんのアルバム『YELLOW DANCER』がリリースされたことですかね。この作品はダンス・ミュージックを意識していて。僕は4曲参加しているんですが、それがこの連載を読んでいる人だと聴き方が変わるんじゃないかというくらい内容が良かった」

星野源 YELLOW DANCER スピードスター(2015)

――いや~、『YELLOW DANCER』は本当に素晴らしいいですよね。ディアンジェロ感のある“Snow Men”がとにかくいいし、“Week End”もいいし、アルバムを聴く前から名作の予感がかなりありました。

「“Week End”は僕も参加していて、あの楽曲のホーン・セクションはもっと静かな感じにしたかったそうなんですよ。でも〈アース・ウィンド&ファイアみたいにしたほうがいいですよ〉と口を挿んだら、本当にそうなった(笑)」

――ハハハハハハ(笑)、鶴の一声ですね。

「ホーン・セクションのアレンジは、ベーシック(楽曲の基本となるトラック)を録った後にやっていて、いろいろ悩んでいたので、逆にすごく派手にいってもいいんじゃないですかと。シングルになっていない楽曲もまたすごくいい。本人(星野)としては、ブラック・ミュージックに影響を受けて、それをやろうとするんだけど、結局どこかで飽きると。それは自分のなかにない黒人感のようなものを無理やり出そうとしているからであって、そういうものがそもそもないので限界がある。でもそういう(ブラック・ミュージックに影響を受けた)音楽は何十年も前から日本にあるわけで、シンプルに日本人の尺度の、自分のなかで咀嚼できる範囲で作ったということなんです」

――うんうん。それが自然だし真っ当なやり方ですよね。

「それが自然なんですけど、意外とみんなできていない」

――やはり本場に寄せてしまいがちと?

「海外のシーンについてもいろいろ話してきましたけど、最近そのファンク/ディスコ・リヴァイヴァルなどの余波が日本にも来ているじゃないですか。その流れを受けている日本のアーティストも増えていて、でもあまりここで取り上げてこなかったいちばんの理由は〈なんちゃって〉でしかないなと思ったからなんです。以前、スパンデッツとイギリスの某女性3人組レトロ・ポップ・グループが同じくらいのタイミングで出てきて、スパンデッツはそういった嗜好がありながらサウンドは新しかったんですけど、一方は完全に60sの焼き回しで、〈大丈夫です、間に合ってます〉という印象で。それと同じことを日本のアーティストにも感じてしまって、惹かれなかったんです。どこか、〈(そういう音楽を)聴いてますよ〉と自慢されているような気がして。自分が参加しているからというのもあるかもしれないですが、そういった自身のコンセプトをしっかり持って作られたアルバムという意味で、『YELLOW DANCER』はすごくいいなと」

――源さんの“ダスト”(2013年のシングル“ギャグ”のカップリング)あたりからハマくんが参加するようになったと記憶しているんですが、当時〈ディアンジェロっぽくしたい〉という話があった、という話をこの連載でしてくれたじゃないですか。

「はい、その頃は実験をしていたみたいですね」

――その頃から彼のブラック・ミュージックを意識した路線がスタートしていて、その方向性においてハマくんの存在はとても大きいと思うんですが、そこにも、ただ黒人音楽をやりたいわけではないという主張を感じたというか。背景にあるものはあきらかだけど、アウトプットされているものはどう聴いても〈星野源の音〉になっているところが、逆にすごく新鮮に思えたし、とても惹かれましたね。

「そうですね、きちんとJ-Popなんです。小さい子からお年寄りまで……とよく言われますけど、そういう印象はすごく大切なことだし、この連載でここ1年くらい僕が好きで取り上げてきた作品との関連性がすごくあるなと。個人的にはこれまででいちばん外仕事をしていて……というか今年はいろいろやったので、振り返ると何をやったかわからなくなってしまっていますが(笑)、ひとつ良い作品が出来たなと思いました。こういうところでも取り上げられますし」

――いわゆる集大成的な一枚ですもんね。

「そうですね。来年以降も、海外でこの流れは続くんでしょうか……今度はニュー・ジャック・スウィングだったり(笑)」

――時代がまたちょっと進みますね(笑)。

「あと、ニューウェイヴパワー・ポップの波が来る気がしないでもない。時代が巡っていくものだとしたら、そういう可能性もあるかなと。今年はプリンスが突然アルバム(『HITNRUN Phase One』)を……つい最近出してなかったっけ?という勢いでリリースされましたよね」

――この間、その続編の〈Phase Two〉がリリースされました(笑)。

「さらに岡村靖幸の11年ぶりのアルバム(2016年1月27日リリースの『幸福』)もアナウンスされましたし――こう見ていくとソロ・アーティストが目立っている気がするので、僕としてはバンドにがんばってほしい。来年の話になりますが」

――いいじゃないですか、未来の話。

「あ、最近で言うと、スティーヴィー・ワンダーの3部作を聴いています」

※スティーヴィーの最盛期と巷で言われている70年代に発表された3枚、『Talking Book』(72年)、『Innervisions』(73年)、『Fulfillingness’ First Finale』(74年)のこと

――何か思うところがあって?

「最近『Innervisions』の8トラ(ック)※を買ったので、それを。前に1曲目(“Too High”)が渋いなーと思って聴き流したままだったので、改めて聴いてみたらすごく良かった。(スティーヴィーの)いちばんいい時期。何かの参考にならないかなと思っていたんです」

※〈8トラック〉についてはこちらの回でいろいろお話してくれています

――〈スタンダードを知る〉というのは本当に大事ですからね。それを知らずに新しいものを語ってはいけないと、物凄く思うんですよ……。

「そうですね、だから本当に大変だと思います。特にこういう音楽雑誌やサイトを作る人は。何かしらの試験に合格しないといけないくらいですよね。〈誰々が○年に発表したアルバムのプロデューサーは誰でしょう?〉というような試験(笑)。それに答えられないとこの仕事をしてはいけない感じがします」

――……(泣いてる)。必死ですよ、毎日が一生懸命。

「スタンダードを聴くと言いながら、すぐに5年くらい経てしまいますから」

――ハハハハ(笑)、確かに。

「そんなにパッパッパッと聴いていけないじゃないですか。僕も新しい作品を聴くようになりましたけど、引き続きスタンダードを叩き込むことは大事だなと思っているので、同じ作品をずっと聴いています。そうしないと次に行けない。ジェイムズ・ブラウンだってまだ全部聴いていないし……と考えるとキリがない。あとジョージー・フェイムのボックス・セットもリリースされたらしいんですよ……本当に止めてほしい(笑)」

GEORGIE FAME The Whole World’s Shaking: Complete Recordings 1963-1966 Polydor(2015)

――ハハハハハ(笑)。キリないシリーズですね。

「ジョージー・フェイムはモッズ系の神様だと思います。すごく好きなんです。そんなアーティストの作品をいまボックスでリイシューするなんて嬉しいなと思って……でも、追い切れない」

ジョージー・フェイム・アンド・ザ・ブルー・フレイムズの66年作『Sweet Thing』収録曲“Sitting In The Park”